2009/11/04

アメリカ音楽の原風景—カーター・ファミリー賛


 カントリーやブルーグラスのみならず、アメリカのポピュラー音楽の原点として高く評価されているのがカーター・ファミリーです。もともとジャンルとしてカントリー・ミュージックというのは自分には全く縁のないもので、アメリカのおっさんがやる田舎臭くて暢気でだるい音楽という印象しかなく、これまで聴いたこともなかったし聴こうともしていなかったですが、多少ルーツのかぶっているジーン・リッチーを聴くうちに、少しずつ免疫が出来てきました。そんな折に偶々このカーター・ファミリーを聴き、その素朴な味わいと意外なグルーブ感と唯一無二のノスタルジックな雰囲気にすっかり魅了されてしまいました。では先ずは彼らの代表曲「Keep on the sunny side」を聴いてください。



 ザ・カーター・ファミリーのメンバーは、男性のA.P・カーターとその妻であるサラ・カーター、さらにA.P・カーターの弟の妻であるメイベル・カーターの三人で、その名の通り全員ファミリーで構成されています。デビューは1927年というから、すでに80年以上も昔のことで、恐らく彼らはポピュラー音楽の歴史の中で、現代の我々の耳が聴くに耐え得る、許容範囲ぎりぎりのところに位置するアーティストでしょう。つまりはモダンだと云うことです。1943年には解散してしまったので、すでにそれさえも遠い昔の話になりますが、聴いていただければわかる通りその音楽は今聴いても新鮮かつエキサイティングなもので、彼らはカントリーのルーツではありますが、原石であるからこそピュアでラジカルな音楽の骨格が剥き出しで、それが大変魅力的なのです。



 続いての曲は「Bury me under the Weeping Willow Tree」。この曲はジーン・リッチー・ファンにはお馴染みで、彼女のキャリアからすればちょっと異色なカントリー・アルバムである『Precious Memories』で取上げています。カーター・ファミリーはヴァージニア南西部の生まれですから、ケンタッキー出身のジーンとはお隣同士で、ルーツになっている音楽もイギリスから伝承されたトラッド・ソングや山岳地方の民謡など、共通のものも多かったのではないかと思います。彼らは自作の曲が多いですが、民謡やトラッド・ソングを下敷きにして作られたそうした彼らがオリジナル・ソングが、その後のアメリカのポピュラー音楽の発展を準備したといっても過言ではありません。そのくらい彼らのスタイルは当時としては独創的なものでした。



 次の曲は「Single Girl, Married Girl」。これなどはフェミニズム・ソングの先駆けなどといわれますが、よく考えてみればこれらは戦前の音楽なんですねえ。それにしてはあまり時代を感じさせません。カーター・ファミリーの先駆性の重要なファクターに、コーラス/ハーモニーの多用というのがあります。通常トラッド・ソングというのはその殆どが独唱で歌われ、コーラスやハーモニーというものはありませんが、これにゴスペルなどの教会音楽で使われていたハーモニーの要素を取り入れて、全く新しいポピュラー音楽を作ったという点に彼らの革新性がありました。またもうひとつ革新的なこととして、メンバーであるメイベルのギター奏法があげられます。次に実際にメイベルが演奏している映像をご覧下さい。



 これは、カーター・ファミリー解散後にメイベルが彼女の娘たちと組んだカーター・シスターズの演奏ですが、曲はカーター・ファミリー時代のヒット曲「Wildwood Flower」で、メイベルのカーター・ファミリー・ピッキングと呼ばれるギター奏法が堪能できる名曲です。専門的なことはその筋の方にお任せしますが、カーター・ファミリー・ピッキングとは「コード・ストロークでリズムを刻みつつ、低音弦を爪弾いてメロディーを織り込む奏法」(Fromウィキ)だそうです。見てみると確かに親指で旋律を弾きながらその合間に人差し指でコードストロークを入れ込んでいますね。メイベル以前にはギターをリードあるいは単独の楽器として用いることはなかったそうですから、彼女がギターの奏法のみならずその用法についても改革を齎したということは特筆すべきことだと思います。しかも戦前のアメリカの片田舎の一女性がそれをやったのだからたいしたもんですね。



 最後はもう一曲、マザー・メイベル&カーター・シスターズの「Sweet Talkin' Man」。母とその三人娘の演奏、実にいいもんですなあ。全然関係ないけど、星菫派なんて言葉を思い浮かべてしまいました。途中でギター・ソロを披露するのはチェット・アトキンス、これまたツボを押さえた演出ですね。時代とともに技術が進歩して、より良い環境で音楽が作られたり聴かれたりしているわけですが、古い時代には古い時代の良さがあるものです。ここまで進化したものを敢えて逆行しようと思う人は先ずいない筈ですから、これらのカーター・ファミリーの音源はそれらが存在するというだけでも貴重で、それをこうして現代においても容易に享受できるのはまことに幸福なことだと思います。

『In the Shadow of Clinch Mountain 』(12CD-Box)