2008/11/30

Cinq minutes d'amourの魅力




 フランス・ギャルには、アイドル時代からベルジェと出会って本格的なアーティストとして活動し出す間に空白の時期があります。といっても全く音楽活動をしていなかった訳ではなく、ドイツに進出したり、イタリアで歌ってみたりと、いろいろと試行錯誤しているのですが、残念ながらその時期の曲は現在でもCD化されていないものが殆どです。理由として考えられるのは、もちろん版権の問題もあるでしょうが、この時期の曲は出来の良いものと悪いものの差が激しくて、フランス・ギャル本人としてもアイドル脱却するために行った試行錯誤には相当な苦労があったことが窺え、あまり思い出したくないんじゃないかと想像されます。その後の幸福なベルジェ時代を知っていれば、それはなおさらのことだと思いますしね。
 そんな痛々しい試行錯誤の中で、私は好きじゃないけど皆さんが大好きな「Zozoi」なんて珍曲も生まれていますが、1972年にEMIに移籍してからの第2弾シングル「Cinq minutes d'amour」は本当に名曲です。移籍第1弾は、「夢見るシャンソン人形」の栄光を再びとの思いからか、ゲーンズブール作でしたが、曲の善し悪しは兎も角としてこちらは全くヒットしなかったようです。「Cinq minutes d'amour」についても然程ヒットには恵まれなかったようですが、これは私にとってはアイドル時代を除けば、フランス・ギャルのキャリアの中で最も好きな曲です。(もっともベルジェ以降のフランス・ギャルは私にはどうでもいいのですが…。)このメロ、アレンジ、好きだなあ。私がこれまでに聴いた世の中に存在する曲の中でも、かなり上位に入るくらい好きな曲であります。
 この映像で見れるフランス・ギャルは、もうすっかり大人の女性ですね。不遇時代のせいか、少々痩せ過ぎの感がありますが、美しい女性に成長しています。この時は25歳くらいかな。それにしては大人びているかも知れないですね。

 さて、この名曲、同時期の他の作品同様CD化されていなかったのですが、EMIが2005年にリリースした『フレスカ・フレンチ』というフレンチ系の国内盤のコンピレーションでやっとCD化されました。このCDでは、EMI時代の第1弾シングルのB面に収録されていた「Les Petits Ballons」という曲も同時に収録されていますが、早くもこのCD、現在ではすでに廃盤になってしまったようです。やはり、この時代の音源を一気に収録したCDの発売を待つしかないようですねえ。

『フレスカ・フレンチ [Compilation]』


Dady Da Da meets Good Vibrations!!!




 フランスのTVで1968年に放送された「dim dam dom」という番組の映像なのですが、冒頭を飾るこのフランス・ギャルの「Dady Da Da」を聴いてびっくり。以前にもYouTubeにUPされていたのですが、版権的に問題ありなのか、削除されてしばらく見れない状態になってました。やっと復活です。でもまたすぐに削除される可能性があるので要注意です。
 この映像、もちろん映像自体のレアさも当然なのですが、もっとすごいのはこの「Dady Da Da」のアレンジです。オリジナルの音源とは異なるミックスで、オリジナルにはない部分も追加されたロング・ヴァージョンになっています。もともとこの曲は、フランス・ギャルのアイドル時代の最後から二番目にリリースされた4曲入りシングルのA面1曲目に収録されているものなのですが、そのオリジナル・ヴァージョンでは、ビーチ・ボーイズの「Good Vibrations」からの影響というか、パクリというか、オマージュというか、ベースのフレーズや全体のアレンジがかなり似通っています。ところがこのTVヴァージョンでは、さらにそれが顕著で、しかもレコード・リリースされた「Good Vibrations」よりも、その後に『Smile』のブートレッグや正規盤の『Good Vibrations Box』などで聴くことができた断片的な様々なアレンジによる「Good Vibrations」の方に似たアレンジが施されているのです。68年に「Good Vibrations」のオリジナル盤以外の音源は世に出ていない筈ですから、このアレンジャー、相当にマニアックなセンスをしています。それともブライアンと通じていてアレンジを依頼したとか、まさかねぇ。60年代のフレンチ・ポップスは、当然当時の欧米のロックのエッセンスを取り込んでいるんですが、それにしても、このヴァージョンには驚きました。CD化もしくはDVD化しないかなあ。

 余談ですが、途中でちらっと出てくるフランス・ギャルの可愛らしさといったら!このときすでに二十歳を過ぎていますが、今見ても古くないし、時代が巡って逆に最近ぽい感じがしますね。今こんなアイドルがいたら無茶苦茶惚れると思います。

フランス・ギャル、夢のCD化企画


 フランス・ギャルのアイドル時代の音源は、現在ではLong Boxに網羅されていますが、別記事の「フランス・ギャルのステレオ音源について」でも触れた通り、実はそこに含まれなかった別音源がいくつか存在します。それらの別音源は、全くCD化されていなかったり、CD化されたことがあってもすでに廃盤で手に入らなかったりと、世の中これだけレア音源発掘が盛んなのに、フランス・ギャルでそれが行われていないのは寂しい限りです。そこで今回は、勝手にフランス・ギャルCD企画を考えてみました。以下は、全く持って私の夢物語ですので、信用なさいませんようお願いします。

 前回の記事でも書いた通り、当時の日本盤は独自の疑似ステレオ処理がなされていて、これは全くCD化されていません。そこで、

①フランス・ギャル日本盤LP紙ジャケ復刻・全4枚
内容:『夢見るフランス・ギャル』『フランス・ギャルのシャンソン日記』『すてきなフランス・ギャル』『恋のシャンソン・アルバム』

なんていうのはどうでしょう。音源はもちろん、ジャケ・帯まで含めて当時のLPをそのまま復刻して欲しい!特に中古市場では、帯がなくても数万円、帯があったら数十万円という値がつきますので、復刻の価値はあるかと…。また『夢見るフランス・ギャル』のB面ラストは、なんと「メッセージ」ですよ。聞きたい!

 仏ユニバーサルのカタログにもamazonなどにも載っていませんが、60年代当時に発売されていたEP盤(4曲入りシングル)が何枚かそのままCD化されていました。実物をみると、ジャケは紙ジャケ、CDのラベルはEPのレーベル部分をそのまま使うなど、なかなかマニア心を刺激するものです。これはある方に聞いた話ですが、日本でも60年代のGSなどのシングルをCD化してお菓子のおまけにつけて販売したりしたことがありましたが、それと同じように、この復刻CDは、主に地方のスーパーなどで販売する用に、仏ユニバーサルがつくっていたものだそうです。なのでパリや都市部ではあまり売っていなかったとのことでした。仏ユニバーサルもそんな裏技使わないで、きちんと誰もが買えるようなアイテムにして出してよ〜、けち!そこで、

②『フランス・ギャル/シングル・ボックス』(全16枚組CD-BOX)

なんていうのはどうでしょう。フランス・ギャルがプィリップス時代に発表したEP16枚を紙ジャケで復刻(もちろん折り返しもきちんとね)し、豪華ボックス入りで発売して欲しい!ええい、おまけに「Mon P'tit Soldat」のシングルもつけて17枚組にしちゃえ!でも、「N'ecoute pas les idoles」のジャケは1stスリーブと2ndスリーブとどっちになるかな〜。どっちでもいいや。

 フランス・ギャルと言えば今も昔も『夢見るシャンソン人形』ですが、ご存知の通り、当時この曲は各国語で歌われております。そこで、

③『コンプリート・夢見るシャンソン人形』

なんていうのはどうでしょう。「夢見るシャンソン人形」のフランス語、ドイツ語、イタリア語、日本語ヴァージョンと、モノラル・ミックス、ステレオ・ミックスなどミックス違いにカラオケ・ヴァージョンまで入れてCD化!しかもそれだけでは30分くらいなので、ボーナストラックとして、日本語版「すてきな王子様」、「Mes premières vraies vacances」「Nous ne sommes pas des anges」「J'entends cette musique」のドイツ語版、さらにはイタリア語版「Ne dis pas aux copins 」まで収録!これさえあれば、ドイツ語版の「夢見るシャンソン人形」を聞くために、高いレアCDを買う必要もないですよ。ほんとに夢ですな。

あとは「Bloody Jack」みたいな未発表音源が絶対もっとたくさんあるはずだから、

④『フランス・ギャル〜レア・トラックス』

なんていう未発表音源集を出して欲しいな〜。倉庫に眠らせるのはもったいない。お宝はみんなで分け合いましょう。

 最後にドイツ時代の音源ですが、これまで微妙にCD化されていますが、どれをとっても、全部集めてもコンプリートじゃありません。PHILIPSやLA COMPAGNIE音源の流用を別にすると、まだ11曲も未CD化です。なので、

⑤『フランス・ギャル〜コンプリート・デッカ・レコーディングス』

も当然必要ですね。

 さて、もう一度、以上はすべて私の夢物語ですので、くれぐれも信用なさらぬようお願いします。お金さえ出せばオリジナルを手に入れることは可能ですし、フランス・ギャルの音楽はお金にかえられないくらい素晴らしいものです。私もどうしても欲しいものはそうしてますが、やはり30年以上の時間の重みはどうにもならないので、音質や状態の劣化は免れません。是非ともリマスタリングされたクリアな音質でフランス・ギャルの音楽を楽しみたいと思うのは私だけじゃないと思います。この夢の企画が実現する日を私は首を長〜くして待ち続けたいと思います。

フランス・ギャルのステレオ音源について


 フランス・ギャルのphilips時代(アイドル時代)の音源について、主にモノラル/ステレオ・ヴァージョンの違いを、以下にまとめてみたいと思います。基本的にはCD化された音源についてのみの考察となりますが、その点はご了承下さい。
 フランス・ギャルの再発CDは、最初の”赤ベスト”にはじまり、これまで相当数のものが発売されていますが、音源が重複する分を除けば、重要なものは以下の3種類になります。これ以外のCDはすべてこれらのCDと音源が同じなので、基本的には無視します。

①POUPEE DE SON(4CD-BOX) 3145-13173-2(1992.7)
②MASTER SERIE -FRANCE GALL- 3145-59209-2(1998)
③FRANCE GALL (3CD LONG-BOX) 589 343-2(2001.11)

 この内、③はフランス・ギャルのphilips時代のコンプリート・ボックスと言えるもので、発売当時に話題になりましたが、このCD-BOXをマスターと考えて、①②収録ヴァージョンとの違いについて考察していきたいと思います。
 LONG-BOXに収録された音源の基本方針は、察するに”フランス・ギャルのphilips時代の作品を初出の形で網羅する”ということにあると思います。収録曲のほとんどはモノラル・ヴァージョンですが、これはフィル・スペクターの”Back to Mono”にも匹敵するような迫力をもった大変素晴らしいもので、一般的に初期フランス・ギャルのCD音源は”音が悪い”というのが定評でしたが、このLONG-BOXにはそんな心配は全くありません。
 決定盤と言い得るCDが出たことは素晴らしいのですが、ここで一つの問題が起きました。LONG-BOXが初出のヴァージョンを基本にしたため、4CD-BOXに入っていた、ステレオあるいは疑似ステレオのヴァージョンが、逆に貴重になってきたということです。以下は4CD-BOXに収録されているステレオ/疑似ステレオ・ヴァージョンのリストですが、中には判別が微妙なものもありますので、その辺りはご了承ください。

①トゥルー・ステレオ・ヴァージョン収録曲
Nounours
Bonne nuit
Celui Que J'aime
L'echo
*サビで歌を追いかけるエコーが入っていません。
Tu N'as Pas Le Droit
Il Neige
Oh! Quelle Famille
Les Lecons Particulieres
J'ai Retrouve Mon Chien

②半ステレオ(?)の曲
Deux oiseaux
*メインの部分は中央だが、管楽器類の音は完全に右チャンネルのみ。また冒頭のフルートのリフレインが2回目だけというヴァージョン違いです。
Et des baisers
*同じくメインは中央、サビのコーラスが左のみ(右はエコー音)
Bonsoir John John
*途中までわかりませんが、ストリングスが左、ギター、オルガンが右です。

③疑似ステレオと思われる収録曲(このA.B.C.の区別は微妙です。)

A.左チャンネルに右チャンネルの音のエコーを入れて疑似ステレオ化
Jazz A Gogo
Les Rubans Et La Fleur
N'ecoute Pas Les Idoles
Ne Sois Pas Si Bete
Laisse Tomber Les Filles
*このヴァージョンは、なんとヴォーカルがシングル・トラックです。(モノはダブル・ヴォーカル)
Christiansen
Poupee de cire, poupee de son
Sacre Charlemagne
Le temps de la rentree
*一聴ステレオのようだが、左チャンネルはエコー音のみ
Attends ou va-t'en
*上に同じ
Mon bateau de nuit
*これも上に同じだが、ストリングスが右チャンネルで、モノラル・ヴァージョンよりよく聞こえる。左のエコーの処理もGOOD。
L'Amerique
On se ressemble toi et moi
*Mon bateau de nuitと同じくストリングスがよく聞こえる。音の広がり感もばっちり。

B.右チャンネルに左チャンネルの音のエコーを入れて疑似ステレオ化
La Guerre Des Chansons

C.左右にエコーを入れて疑似ステレオ化
Pense A Moi
Ne Dis Pas Aux Copains
Le coeur qui jazze
Nous ne sommes pas des anges
Baby Pop
Teenie Weenie Boppie
*なぜか疑似ステです。ステレオ・ヴァージョンでは左に聞こえるギターのカッティング音が全く聞こえません。

④ミックス違いのステレオ曲
Les Sucettes
Quand On Est Ensemble 
*この2曲はLONG-BOXのヴァージョンとはミックスが違うステレオ。LONG-BOXのヴァージョンでは、リズム隊が左、ストリングスが右ですが、このヴァージョンではリズム隊は中央で鳴っています。LONG-BOXのヴァージョンに比べ、全体にソフトな印象。ただ、Les Sucettesはマスターテープの状態が悪く、音が回転しているような感じです。

続いてMASTER SERIE盤ですが、一見単なる編集盤かと思いきや、このCDには大変貴重な2つのテイクが含まれています。また、LONG-BOX発売以前では、他の編集盤には含まれていなかった初CD化の3曲が含まれており、その点でも貴重な一枚だった訳です。

⑤トゥルー・ステレオ・ヴァージョン収録曲
Sacré Charlemagne
Laisse Tomber Les Filles
*この2曲は完全なステレオ・ヴァージョンです。Laisse Tomber Les Fillesは、モノ・ヴァージョンと同じくダブル・ヴォーカルです。

⑥番外編
2000年に発売された日本盤CD『夢みるフランス・ギャル 〜アンソロジー '63/'68』に収録された日本語ヴァージョンの2曲は、ステレオ・ヴァージョンです。特に”夢見るシャンソン人形”のステレオ・ミックスは分離もくっきりと素晴らしく、日本語ヴァージョンではありますが、ステレオのシャンソン人形を体感することができます。

⑦さらに番外
Bébé requin
*左のトラックだけ聞いてみてください。演奏と完全分離でフランス・ギャルの声だけ楽しめます。
Chanson Pour Que Tu M'aimes Un Peu
*同じくイントロの部分、右のトラックだけ聞いてみてください。フランス・ギャルの咳払いが聞こえます!

以上、もっと細かく聞けばいろいろな相違点があるかもしれません。一般にはビートルズなど、60年代のアーティストの作品には、ステレオ/モノでミックスやヴァージョンが違うものが多数有り、マニア心をいたく刺激しますが、我らがフランス・ギャルについても、60年代のアーティストの特権として、このような楽しみを与えてくれるのはうれしい限りです。また、60年代の日本盤LPで確認できるこの他の曲のステレオ・ヴァージョンは未だにCDされておらず、もはや我々の願いは、60年代当時の4枚の日本盤LPの、ステレオ/紙ジャケによる完全復刻しかありません!ユニバーサルさん、どうかご検討をお願いします。

『Poupe de Son [Best of] [Box set]』


2008/11/25

僕はこんな女の子が好き


<France Gall/フランス・ギャル>
 フランス・ギャルと言うと我々世代の人間にとっては、まず90年代の「渋谷系」という文脈から切り離すことができない。当時の流行として、とりあえず赤ベストを買って、「へえ、可愛いね」「キュートな感じ」ということで一先ず落ち着く訳だが、実は何度も聞いているうちに、フランス・ギャルの音楽は単に可愛いだけではなく、その音楽の中に、少年が抱く理想的な少女像が見事に体現されていることに気がついて、次第にその魅力から離れられなくなるのである。60年代のフランスには、所謂イェイェと呼ばれるアイドル歌手が数多いるのだが、いろいろ聴き漁ってみても、どれもこれもみんなすれっからしで、結局物足りなくなってフランス・ギャルに戻ってしまう。それはフランス・ギャルの歌声や容姿から感じ取れる、女の子らしい愛くるしさや優しさが、嘗ての少年の、イチゴミルクっぽい淡い初恋の、胸を締めつけられるような郷愁をかき立てるからなのだろう。少年の頃、初めて触れた少女の手はなんと小さくて柔らかいことか。我々は、フランス・ギャルを聞くことによって少年の日に戻り、男の子の誰しもが好きになってしまうクラスのアイドル的女の子を、独り占めにしているような錯覚に陥ることができるのである。

<Chantal Goya/シャンタル・ゴヤ>
 ありきたりだが、ゴダールの『男性・女性』を見た時に、シャンタル・ゴヤに一目惚れした。マドレーヌ(ゴヤ)にぞっこんなのに、何となく躱されているポール(ジャン・ピエール・レオ)の痛々しい姿には、かなり感情移入した。男の子にとって女の子とは、かくも残酷な生き物なのだ。いまでもこの映画を見ると、若かりし頃の片思いのモヤモヤした焦燥感のような感情が蘇ってくる。劇中、ゴヤは、現実と同じように売り出し中のアイドル歌手という設定で、ゴヤ自身の曲も挿入歌として流れ、またレコーディングのシーンもあり、実際に歌っている姿も見れる。決して歌はうまいとは云えない。というより寧ろかなり下手である。しかしこの下手さにも味があると思うのは惚れた弱みだろうか。映画の中での澄ました姿とは違い、歌うゴヤには恋する乙女の切なさとひたむきさを感じることができる。フランス・ギャルを快活なクラスのアイドル的存在とすれば、シャンタル・ゴヤは窓の外をぼんやりと眺めて物思いに耽るような、どことなく憂いを帯びた大人びた女の子で、こういう子が意外と大胆だったりして男の子は非常にドギマギしたりするのだ。

<Claudine Longet/クロディーヌ・ロンジェ>
 彼女もまたソフト・ロックとかウィスパー・ヴォイスという枠組みの中で、90年代に日本でもてはやされた一人である。一聴していただければ分かる通り、女の子の世界そのもの、といった感じの、可愛らしく甘く優しい声の持ち主であり、所謂猫なで声っぽい感じの女性ヴォーカルは世に多いのだが、これだけ甘く優しいのにも関わらず、引っかかりがない、つまり女性特有の感情の露出を感じさせない声も珍しい。そういう意味では、どことなく人工的なテイストもあり、少女のようなあどけなさを感じさせる歌いっぷりには、どこに行ってしまうか分からないような危うさがあって、“守ってあげたい”というような感情を誘発する。母性本能ならぬ父性本能に訴えるとでも言おうか。小さな動物を手の中にすっぽりと収めたときの、その心臓の鼓動や感触を思い起こさせるような、何ともいえない心地よさ、柔らかさ、優しさ、儚さを、声でダイレクトに伝える希有な才能を持ったヴォーカリストである。ニック・デカロを中心としたA&Mサウンドの絹のような音の意匠が、そんな彼女の声をさらに優しく包み込む。素材を100%活かす職人技に、わかってるなあ、と呟くこともしばしばである。

<Margo Guryan/マーゴ・ガーヤン>
 ソフト・ロックが流行っていた頃に、隠れた名盤としてもてはやされていた作品である。マーゴが、スパンキー&アワー・ギャングの「サンデー・モーニング」やクロディーヌの「シンク・オブ・レイン」の作者だということは知っていたし、このジャケットにはかなり惹かれるものがあったが、何故か当時は聴いてみようとは思わなかった。ところがブームもすっかり下火になった頃、一体どんなものかと試しに聴いてみてびっくり。ハート・ウォーミングなメロディや大胆かつデリケートなアレンジも然ること乍ら、ドリーミーでガーリーで吐息が多い系の囁きヴォイス、これには本当に参った。ヘッドフォンで聴いてみると本当に耳元で歌っているようで、息がかかるどころか唇が耳に触れそうな感じまでするのに、少しもウェットではないし、嫌らしくも押し付けがましくもない。それどころか女の子のいい匂いまで漂ってくるという仕掛けである。ウィスパーヴォイスが魅力!なんてキャッチフレーズを掲げた音楽の殆どは偽物で、危うく騙されそうになることも多いのだが、これは本物、アンニュイなのにきらきらしていて控えめなのに力強い、奇跡のような一枚である。

<Shirley Collins/シャーリー・コリンズ>
 彼女の存在を私に知らしめたのは、デイヴィッド・マンロウである。マンロウら古楽演奏家たちが全面的にバックアップしているという理由だけで、シャーリーと彼女の姉であるドリーの共作アルバム『アンセムズ・イン・エデン』を聴いてみたのだが、その時はどちらかと云えば無表情なシャーリーの声にはさほど魅力を感じなかった。しかし何度も何度もそのアルバムを聴いていくうちに、彼女の声がまるで波紋が広がるようにゆっくりと心に染み込んで来たのである。一聴して無表情と感じる彼女の歌唱法は、実は自己の感情表現を押し殺して歌の伝承者に徹するというストイックな姿勢の現れであり、その抑揚のない歌唱法こそが、彼女の最大の魅力であり持ち味なのである。こんな素晴らしいヴォーカリストはそうそういないのだ。暑苦しい感情表現をしない彼女の歌声は、いかにも英国らしいくぐもった声質のわりには凛とした品があり、またその声には一種のシャーマニックな力が宿っているような気もする。加えて、彼女の作品はどれもこれも愛すべき小品集という感じで、それはまるでフェアリーテールの宝石箱といった趣がある。

<Jean Ritchie/ジーン・リッチー>
 シャーリー・コリンズはその初期において、このジーン・リッチーに多大な影響を受けたと語っているそうだが、影響を受けたと云われれば当然こちらとしては聴いてみない訳にいかない。で聴いたらそのままハマってしまった。実際に二人の音楽はよく似ているのだが、両者を比べてみると、シャーリーの持つ空気感がいかにも英国然とした水分の多いどんよりと曇った陰鬱さを秘めているとしたら、ジーンのそれはからからに乾いたアメリカの荒涼とした原野や赤土の山々を連想させ、スタイルはとても似ているのにお国柄というか、その違いは面白い。シャーリーと同じように、伝承歌を家族全員が歌うような牧歌的な家庭で育ったジーンは、まさに古き良きアメリカを体現するような表現者であり、そのおおらかで天国的な声には子守唄のような優しさが感じられる。実際、ジーンは多くのチャイルド・ソングを歌ったりしているのだが、それらを聴いていると胎内回帰していくような安らぎを得ることができ、歌とは本来、生活に根ざした身近なもであり、決して大仰に声高らかに歌うことのみが歌の本質ではないことを、語りかけるようにして優しく教えてくれるのである。

<Beverly Kenney/ベヴァリー・ケニー>
 その昔、ジャズ・ヴォーカル好きの友人が、彼のライブラリーの中から選りすぐって、私のために女性ジャズ・ヴォーカルのアンソロージーを作ってくれた。その中で唯一気に入ったのがベヴァリー・ケニーである。通常ジャズ・ヴォーカルは、その肉感的でハリウッド・スマイル的な、こねくり回すような歌唱法が、私の場合、かなりの確率で駄目なのだが、ベヴァリー・ケニーに関してはそんな心配は無用である。可憐で儚げな歌声は、まさにこちらに寄り添うようにして語りかけてくる感じで、聞き手に非常に個人的な関係を求める音楽である。また、残された6枚のアルバムを順に聞いて行くと、初期の愛らしい小気味の良い歌唱から、後期に行くにつれ次第に透明度が増していき、溌剌とした無邪気な少女が、しっとりと嫋やかな女性に成長して行く様を見るようである。さらには、たった6枚の素敵なアルバムを残して夭折したことが、彼女の歌をより特別なものにする。ベヴァリー・ケニーについては、一度その声を耳にした途端、その魅力から離れられなくなり、決して飽くことなく聞き続ける人が多いと聞くが、少なくともそれは私には確実に当てはまる公式である。

<Fumiko "Alice" Kawabata/川畑文子>
 川畑文子の歌の何処がそんなに素晴らしいのかと問われると、はたと考えざるを得ない。お世辞にも歌がうまいとは言えない。音程は不安定だし、歌い方はぶっきらぼう、ハワイ生まれの日系三世であるからか日本語も辿々しく、英語さえもうまいとは思えない。戦前の録音技術の未発達さを差し引いても、残された音源は名唱とは言い難い…。にもかかわらず、一聴して私は川畑文子の虜となった。何故か?それは、川畑文子の歌の中に、モダンという言葉が文字通りモダンであった時代のノスタルジックな空気感が凝縮されているからなのである。そして、この空気感を醸し出す最大の要因こそが、川畑文子の歌声なのである。手垢にまみれていない素朴でピュアな歌詞、溌剌として非常に水準の高い演奏もさることながら、当時まだ十代だった川畑文子の持つ声の質感、独特の抒情感が、懐古趣味などという言葉では簡単に片付けられない、まさに永遠のモダンというべき魔力を放っているのである。冗談か本気か判然としないのだが、iTunesに『青空』のCDを読み込ませると、表示されるジャンルは“Alternative & Punk”。時代を超越したこの歌は、確かに真の“Alternative & Punk”なのかも知れない。