2008/12/30

フレンチ・アイドルの系譜


 フランス・ギャルやシャンタル・ゴヤを発見すれば、当然フレンチ・ポップに更にキュートな逸材が埋もれているんじゃないかと躍起になって探索するのが男心というものでしょう。ところが、ところがです。自分の好みにピッタリ来る女の子はそう簡単に見つかるものじゃないんですね。フレンチ・アイドルを探求すればするほど、フランス・ギャルやシャンタル・ゴヤが如何に貴重な存在か思い知らされることになります。今回は60年代のイェイェと呼ばれるフレンチ・ポップの代表的な女性歌手を中心に紹介しながら、そのあたりを浮き彫りにしたいと思います。



  先ずは、もしかしたらフランス・ギャルよりフレンチ・アイドルとしては知名度のあるシルヴィ・ヴァルタンです。アイドルとしては申し分のない可愛らしさ(Skipperはご愛嬌!)ですが、フランス・ギャルの子供っぽさに比べ、ちょっとお姉さんな感じがします。この曲はとても好きですが、彼女は低めの声で、またかなり鼻にかけた歌い方なので、残念ながら乙女の世界という感じではないですね。



 続いてはフランソワーズ・アルディ。とてもきれいな方ですが、やはり乙女という感じではありません。歌声もとても大人です。シルヴィ・ヴァルタンよりはかなりあっさりと歌っていますが、独得の翳りというか哀愁というか、そういったものを声そのものに宿しているように感じます。



 次はシェイラです。彼女はイェイェのスタンダード型ともいえる存在で、米英のガール・ポップをそのまま踏襲して、後のイェイェ・ガールズたちの手本となっています。今回そういう人たちも紹介しようかと思いましたが、どれもこれも似たり寄ったりで、音楽的にも見た目的にもこれはという逸材が見当たらず、代表してシェイラだけにしました。曲の方はというと、学校が終わった!放課後を楽しもう!みたいなノリの曲で、フランス・ギャルに近いテイストもありますが、ちょっと大味で乱暴すぎます。また歌い方もぶっきらぼうな感じで、見た目も爆発したような髪型のせいか、かなりおばさんチックでちょっと笑えます。



 次はブリジット・バルドー。彼女はもともと女優ですが、60年代には歌もたくさん録音しています。まあセクシー&コケティッシュ路線なのですから当然乙女の純情とは縁遠い世界です。音楽そのもはヒップでカッコいいと思います。



 次はジェーン・バーキン。シャルロットのお母さんです。こう見るとやはり似てますね。彼女こそセルジュのロリータ幻想の起爆剤だった訳ですが、歌い方も含めてあまりにもあざとすぎて、このシャツのはだけ方を見ても主張が強すぎてちょっと引きます。



 続いて時代は飛んで、80年代フレンチ・アイドルのリオです。彼女はベルギー出身ですがフランス語圏なので、フレンチに分類されています。80'sをリアルタイムで生きたものにとっては、このチープさとイミテーションっぷりは非常に懐かしい感触で、リオ本人の魅力も含め結構ツボです。当時彼女は17歳くらいですが、下着姿でやけくそ気味に歌う姿には天性のロリータ素質を感じます。



 次は90年代のヴァネッサ・パラディです。彼女は80年代の終わり頃にデビューしましたが、当初はもっと80'sっぽい垢抜けない感じでしたがこの曲で大変身してブレイクし、90年代以降のロリータ・スタイルの基本となりました。



 最後は2000年以降のアリゼです。デビュー曲は「Moi..lolita(私は…ロリータ)」で、もうそのまんまです。それにしてもこのむちむちプリンぶりはどうでしょう。時代の移り変わりというか、純情可憐なアイドルのイメージとはかなりかけ離れたものになってしまいました。曲そのものは結構好きだったりしますが。

 さあ〜て、じゃあ、フランス・ギャルでも聴こうかな。

2008/12/29

ビヴァリー、紙ジャケ、SHM-CD


 紙ジャケといえば、どうしてCDは最初から紙ジャケにしなかったんでしょう。レコードは基本は全部紙ジャケですから、最初からそれを踏襲すればよかったと思うのですが…。CDのプラケースはCD本体が宙に浮いてケースに接触しないような構造になっていますが、レコード盤がビニールまたは紙袋に直に収納されるのに対してCDをそうしなかったのは、CDの盤面にキズがついた場合のダメージはレコードのそれより深刻だったということでしょうか。CDが出始めの頃にCD盤にどのようなキズをつけたら音飛びするかという実験をやっていて、盤面に対して縦方向か横方向か、いずれかの方向では音飛びし、いずれかの方向では音飛びしないという結果でした。縦横まっすぐにキズがつくなんて、どちらかといえば稀ですからあまり意味のない実験ですが、いずれにせよピカピカと光沢のあるCDの盤面は真っ黒い塩化ビニールに比べて見た目でキズが目立ちやすかったので、現在のようなCDケースが採用されたのかもしれません。
 さて、そんなことはどうでもいいのですが、紙ジャケが普及したと思ったら今度はSHM-CDです。SHM-CDって何ですか。まあ、何が出てもいいのですが、私としては好きな人のアイテムが出るのなら、それで全てOKです。私の好きな女の子たちでいえば、先ずフランス・ギャルのSHM-CDが今年の9月に出ました。これは残念ながら紙ジャケではないし、中身もジャケも目新しくもないので購入に至りませんでしたが、フランス・ギャルに関しては、これまで1枚も紙ジャケ作品は出ておらず、ユニバーサルさんは完全に売り方を間違えています。紙ジャケにするのにこんなにぴったりの女の子はいないじゃないですか!—まあ、それはいいとして、続いて今月の17日に発売されたのがビヴァリー・ケニーのDecca時代の2枚です。同じくユニバーサルですが、これもまた中途半端です。『Like Yesterday』をどうして出さないのでしょう。Decca時代の作品が3枚あるのに2枚しか出さない、こういう出し方に何か意味があるのでしょうか。以前3枚揃って出した時に『Like Yesterday』だけが極端に売れなかったのでしょうか。ビヴァリーに関してはこういう中途半端なリリースが多くて、ちょっと困りものです。
 とはいえ、惚れた弱み、早速今回も購入してしまいました。SHM-CDがどんなものか聞いてみようかと思いましたが、今では買ったCDは即PCに落としてお終いで、一応それなりのオーディオセットはあるんですが、最近はしばらく電源も入れてない状態なので、いまだに聞くどころか封も開けていません。まあそれでいいでしょう。そういうアイテムですから。プラケースの再発盤はまるで買う気になりませんが、紙ジャケとなるとレコード世代としてはどうしても欲しくなっちゃいますね。

『Born To Be Blue(SHM-CD)』












『Sings For Playboys(SHM-CD)』

2008/12/27

イタリア時代のフランス・ギャル




 ドイツでの活動に続いて今度はイタリアにも足を伸ばしました。1969年のサンレモ音楽祭での映像です。歌っている曲は「雨」(原題は「La pioggia」)で、これはもともとイタリア人歌手ジリオラ・チンクェッティの曲です。ジリオラも同じくこの1969年のサンレモ音楽祭で歌っていますが、所謂、競作ってやつでしょうか。もちろん有名になったのはジリオラの方で、フランス・ギャル・ヴァージョンはほとんど話題にならなかったようです。因みにこのジリオラ・チンクェッティですが、フランス・ギャルと同じ1947年生まれで、1963年にデビューというのも同じ、さらにフランス・ギャルが「夢見るシャンソン人形」で1965年のユーロ・ヴィジョンのグランプリに輝いたその前年の1964年に「夢みる想い」という曲で優勝してるというところも同じです。しかも邦題が「夢見る」で始まるところまで共通してますね。ジリオラの映像もUPされているので興味がある人は聞き比べてみてほしいのですが、フランス・ギャルと比べるとジリオラは、同い年なのに見た目もずっとお姉な雰囲気で、声も低めで大人な感じなので、残念ですが私的には対象外です。ドイツ語ほど固くはないですがイタリア語っていうのも語気が強いというか、やはりフランス語の響きに比べるとぶっきらぼうな感じがします。フランス・ギャルはイタリア進出も考慮してかイタリア語で歌っていますが、実は同じ頃にさらにスペイン進出も目論んで、スペイン語で歌ったレコードもリリースしています。この時期、フランス・ギャルはヨーロッパ圏に進出しようと試行錯誤していたようですが、いずれも芳しい成果は得られませんでした。

 さて、それはともかくこの映像のフランス・ギャルですが、腰のベルトがアクセントにした黒いミニのワンピース姿で登場です。すでに22歳にならんとする頃ですが、この頃の映像はミニスカ・ワンピ姿が多いですね。ワンピ好きの私には嬉しい限りですが、「シャンソン人形」以降のアイドルのイメージと、大人の歌手への成長段階の狭間で、何やら焦点が定まらないような不安定さをフランス・ギャルが抱えているように感じます。ドイツ語やイタリア語の歌を難なく歌っているように見えますが、日本語版の「シャンソン人形」にしても、可愛らしいとはいえ所詮は外国人の日本語なので、フランス・ギャルにとって母国語でないドイツ語やイタリア語やスペイン語も、日本語ほどではないにせよ、ネイティブの方が聞いたら多少の違和感はあるのでしょうね。結局、フランス・ギャルのイタリア進出は、この曲を皮切りにして数枚のシングルをリリースするのみに留まりました。

2008/12/26

ドイツ時代のフランス・ギャル




 ドイツ時代のフランス・ギャルです。1967年の10月にはフランス・ギャルも二十歳になって、アイドル人気にもそろそろかげりが見え始めてきたので、ドイツでの活動に活路を見出そうとしていました。1967年から1972年にかけて20枚ほどのシングルをドイツで発表していますが、この時代の音源は現時点でもコンプリート盤は出ていないので、いつの日か纏まった作品集としてCD化されることを期待します。
 さて、そんなドイツ時代を代表する一曲がこの「Der Computer nr 3」です。聞いて頂ければ判る通り、イントロのシンセ音と「カカイー、カカイー」という意味不明な、おそらくコンピュータが何かの計算しているようなイメージの擬音が、モンド的な人気を博している一曲です。私はドイツ語はまったく駄目なので歌詞の意味は判りませんが、勝手に想像するに「コンピュータさん、あなたの計算能力で私の恋の行方を占ってよ」というようなものではないでしょうか。途中でビートルズの「Eight Days a Week」のメロが出て来るのは、ご愛嬌。ドイツ時代のフランス・ギャルの曲は、どれもこれもが躁状態の、ウキウキどころかお祭り騒ぎ的な曲が多く、さらにそれがドイツ語の語気の荒さと相まって、フランス・ギャルの歌いっぷりにもやけくそ気味な感じが否めません。なんというか、こっちの体力奪われるような感じで、フランス・ギャルもかなり無理してたと思われます。コンプリート盤希望と言いましたが、実際に出たら多分1回しか聞かないでしょうね。
 映像の方を見てみると、フランス・ギャルは濃い水色のミニスカ・ワンピース、うう〜ん、実に可愛らしい。化粧も今っぽくて、全然古くさくないです。本人にとってはあまり楽しい時代ではなかったかもしれませんが、ファンにとっては相変わらずのチャーミングっぷりが堪能できてかなり素敵な映像であります。一方、それに比べて、途中で映し出されるおじさま、おばさまたちの仏頂面は何ということでしょう。事態がよくわかっていないのか、「このお下品な娘は一体なんでしょう!」とでも言いたそうです。まあ60年代におけるロックやポップスなど若者の音楽文化に対する年配者の反応は概ねこんなものだったのでしょう。そんな冷たい視線の中でも健気に歌うフランス・ギャル、可愛すぎます。

『En Allemand: Das Beste In Deutsch』

2008/12/24

クロディーヌのいないクリスマス




 クリスマス・ソングっていうのは実は結構面倒なもので、例えばフィル・スペクターの『クリスマス・ギフト・フォー・ユー』をあなたはいつ聞きますか?—クリスマスの時に聞くっていうのも当たり前すぎて興ざめだし、かといってクリスマス以外に聞くっていうのはもっと興ざめなわけで、『クリスマス・ギフト・フォー・ユー』がクリスマス・アルバムとして上手く出来すぎていることが反って婀となり、クリスマス時期にTVやラジオなどのメディア、各種イベント、お店などでクリスマスの演出のBGMとしてかかるのを耳にするのみで、意外と一般家庭では一度聞いたら二度と聞かないアルバムになっているのではないでしょうか。内容の素晴らしさは認めるものの、やはり企画ものは企画の中でしか生きてこないのでしょうね。
 さて、クリスマスに因んでといいますか、クロディーヌと当時の旦那さんのアンディ・ウィリアムスのデュエットで贈る「Silent Night」です。TVショーの企画でもちろんレコード化はされておりません。後に二人は破局を迎え、さらにクロディーヌは不運に襲われることになりますが、この頃はとても幸せそうです。クロディーヌのヴォーカルはいつもながらのウィスパーでいうことなしですが、アンディ・ウィリアムスもつやのあるテナーで実に品のいい声をしています。「アンディ・ウィリアムズ・ショー」のVTRなんかを見ていると歌心もユーモアもあるし男前だし、いわゆる三もいける二枚目ってやつですね。一説に拠るとクロディーヌに歌を歌うように勧めたのはアンディだそうで、A&Mを移籍した後、アンディの創設したバーナビーというレーベルからもレコードを出していたし、二人が破局しなければそのパートナーシップは引き続き、あんな事件も起こらずに、クロディーヌも歌を歌い続けていたかもしれませんね。

 ところでクロディーヌには、レコード化されたクリスマス・ソングが1曲だけあります。A&M時代にシングルのみでリリースされた「あなたのいないクリスマス」(原題「I Don't Intend To Spend Christmas Without You」)がそれで、この曲を作ったのは、そう、マーゴ・ガーヤンです。これがまたいい曲なんだなあ。今ではマーゴ本人のデモ・ヴァージョンもCD化されているので両者を聞き比べることが出来ますが、まさに甲乙付け難い出来です。しかも世の中にはほとんど浸透していない曲ですから、クリスマス以外のシーズンでも興ざめせずに聞くことが出来ます。

『Hello Hello: The Best of Claudine Longet』













『25 Demos』

2008/12/23

フランス・ギャルをめぐる二つの誤解




 Philipsでのラスト・シングルに続いて、今度はデビュー曲の「Ne Sois Pas Si Bête」です。おそらくこれが現存するもっとも幼いフランス・ギャルの映像でしょう。フランス・ギャルは、彼女が16歳になったばかりの1963年11月にデビューしました。この曲はもともと「Stand A Little Closer」という曲らしいのですが、このフランス・ギャルのヴァージョンしか聞いたことがありません。こっちの方が断然いいので、聞かなくていいでしょう。曲の内容を簡単に解説してみると、男の子の仲間といるときはおどおどしてるくせに、女の子といるときは怖いものは何もないみたいに大人ぶっちゃってる男の子がいて、ダンスのときに「おばかさんじゃ駄目だよ、もっと強くしがみついて、怖がらなくていいんだよ、君はまだちっちゃい女の子なんだからね」なんていって、ちょっと女の子を馬鹿にしてるような感じだったんだけど、この男の子がほんとにイケてないことがばれちゃって、最後には女の子に「あなたはまだちっちゃい男の子なんだからね」と逆に言われてしまう、というものです。それで邦題が「恋のお返し」なんですね。60年代はウーマンリブの時代ですから、アイドルといえどもきちんと言うことは言わないといけないのですね。
 さて、この映像、モノクロではありますが、注目して欲しいのはフランス・ギャルの髪の色です。黒いですねえ。その後の写真や映像では基本ブロンドですが、実は彼女はもともと黒髪(あるいは栗色)で、それを金髪に染めて(脱色?)しているのです。デビュー当時は黒髪で、徐々に茶髪になり金髪になったりちょっと戻ったりして、「シャンソン人形」の頃には完全に金髪になります。髪が伸びると地肌に近い部分が黒くなったりしていますが、以降フランス・ギャルは現在に至るまで金髪のままです。当時のフレンチ・アイドルは、アメリカやイギリスのアイドルを手本にしているので、髪をブロンドにするというところもその影響なのでしょうか。結構みなさん最初から金髪だと思っているようですが、実は違うのですよ。
 続けて、フランス・ギャルのフランス・ギャルという名前についてですが、もちろんこれは芸名です。厳密に言うと名前の「フランス」は芸名で、苗字の「ギャル」は本名です。「フランスのギャルだから、フランス・ギャルか〜、そのまんまやなあ」と誰かが勝手なことを言ってそうですが、それは誤解です。フランス・ギャルの本名はイザベル・ギャルといい、お父さんはロベール・ギャル、即ちギャル家なのです。ギャル家は音楽一家で、祖父のポール・ベルティエは、オセール大聖教のオルガン奏者で木の十字架少年合唱団の共同創設者、父のロベール・ギャルは著名な作詞家でオペラ歌手でもありました。実際フランス・ギャルのアイドル時代の曲も、その多くを父のロベール・ギャルが手がけています。またフランス・ギャルには双子のお兄さんがいて、彼等もミュージシャン、苗字も当然「ギャル」です。まあ、フランス・ギャルが、本名だろうと芸名だろうと、黒髪だろうと金髪だろうと、その本質的な魅力には何ら変わりはないので、どうでもいいんですけどね。

2008/12/21

太陽絶賛発売中!




 フランス・ギャルのアイドル時代の最後を飾る名曲です。もしかしたらフランス・ギャルの曲の中で一番好きかも知れません。1968年に出たラスト・シングル『Mon P'tit soldat』のB面に収録された曲で、タイトルは「Y a du soleil à vendre」。あれ、どっかで見たなあと気づいた方、あなたはするどい。実はこのブログのURLアドレスに使用しています。まあ、そのくらい好きということでしょう。「Y a du soleil à vendre」を直訳すると「販売用の太陽あり」ってな感じで、不動産屋の「売家あります」的なみたいなイメージでしょうか。
 「太陽売ります」の表題に合わせてか、この映像はビーチのロケになっています。ビーチで太陽とくれば、当然ビキニ姿を期待しますが、フランス・ギャルはレースのワンピース姿です。何故か。それはこの曲の歌詞に起因します。「小さい混血児の女の子が/スカートをひらひらさせながら/人の波をかきわけかきわけ/カナリアみたいに声を上げてる/太陽売りま〜す/熱くて美味しいよ/もし私が元締めだったら/私は億万長者になれるわ」というもので、まあ、花売り娘のように太陽を売っているというシチュエーションですね。なのでそのような格好になっています。モノクロですが、若干顔も日焼けしているように見えるのは、これも歌詞の混血児の女の子という部分に合わせているのでしょうか。お花のヘアピンが可愛いですね。最後の方で、横に「Glaces」と書いてある小さな屋台のようなものが出て来ますが、「Glaces」とはアイスクリームのことです。夏のビーチでアイス、あれ、売っているのは太陽では?—と思ったら、最後にスポットライト=太陽が出て来て、これがオチでした。フランス・ギャルが「さ〜て、何が出てくるかな?」とカメラに目配せしながらウィンクするあたり、完璧にやられます。
 それにしても、フランス・ギャルのアイドル時代の最後のシングルの、しかもB面がこの曲とは!やってくれますなあ〜。フレンチ、ソフトロック、ボッサ…90年代に流行ったおしゃれ音楽のIconに見事にマッチする名曲で、まさに、フレンチ&ボッサなんて超ストライクゾーンです。もっと話題になってもいいのに、意外とこの曲は一般には知られていないようですねえ。フランス・ギャルもこの曲を歌った時、すでに二十歳。声にあどけなさは残るものの、大人の色香をほんのりと匂わせていて、グルーヴィーで、クールかつホットなこのナンバーは、フランス・ギャルの脱アイドル宣言だったのかもしれませんね。

2008/12/20

シャルロットが本当のロリータだった頃




 80'sのフレンチ・ロリータといえば彼女、この時まだ15歳です。当時、澁澤の『少女コレクション序説』なんかを小脇に抱えて登校していた小生意気で嫌味な田舎の少年にとって、彼女の登場は本当に衝撃でした。観念上のロリータが現実の姿として現れたのですから当然ですが、彼女はセルジュ・ゲーンズブールとジェーン・バーキンの間に生まれた娘なので、その方の血筋も生粋な筈です。まだ私がフランス・ギャルやシャンタル・ゴヤを再発掘する前の話です。
 当時シャルロットは、数本の映画に出演したあと、セルジュの全面的なバックアップによりファースト・アルバム『Charlotte for Ever』を発表し、同じくセルジュの監督もと、同名の映画も製作されました。それに先立って、84年のセルジュのアルバム『Love on the beat』で「Lemon Incest」をデュエットしていますが、これは今聞いてみてもシャルロットの声が子供過ぎて、それで“レモンの近親相姦”なんて歌っちゃってるんですから、ちょっと痛々しい感じもします。またしてもセルジュが幼気な子供を騙して勝手に悦にいっているという訳です。当時のインタビューかなにかでシャルロットが「あれはただ単にママの真似をしただけ」と語っていたように記憶していますが、確かにこの曲でのシャルロットの歌唱法は、殆どお母さんの物まねです。
 それに比べて、このファーストでは女性としてのシャルロットの個性が少しずつ見え始め、客体としての少女を意識した自己演出が見事に成功しています。あとにも先にも、この作品が間違いなく本物のロリータアルバムの最高峰に位置することは、皆さん異論がないでしょう。セルジュの曲作りはその殆どがいいワンフレーズが出来たらそれで完成みたいところがあり、また80'sまっただ中のDX7とシンセドラムのアレンジが非常にチープではありますが、そんなことはどうでもよくなるほどにシャルロットの歌声はあまりにも「ロリータ」そのものです。「Oh Daddy Oh」の歌詞に、ポーとかユイスマンス、ホフマン、ランボーなんて出て来るのも、その筋が好みだった私には嬉しいことでした。

 その後、シャルロットは音楽活動を一切やめて映画女優に専念しますが、このアルバム一枚しか残さなかったというのも、少女の潔さと儚さを体現しています。2006年に約20年ぶりのセカンド・アルバムを発表しますが、もうすっかり大人の女性になってしまいましたね。私がそこに見出せるものは何もなかったですが、であるからこそ、この一回性の少女期の記録がなおさらに貴重なものになって来るのです。

『魅少女シャルロット』

2008/12/14

男の子は、自由と反抗、そして何より女の子が好き




 若い男の子が好きなものは、自由と反抗、そして何より女の子です。若い男の子が考えていることは大体がこんな具合です。「ああ、僕は自由でありたい。世界は僕に服従と労働を強いる。僕は世界を革命によって転倒させねばならない。ああ、一人の可愛らしい女の子とともにありたい。彼女のためだけに生きたい。彼女がいれば世界は愛に満ちあふれる。ああ、僕が存在する意味とは何なのか!」—とまあ、こんな若者の気分が、ゴダールの『男性・女性』には描かれています。もちろん、私が最初にこの映画を見たのも、彼等と同じようなことを考えていた10代の頃のことでした。
 シャンタル・ゴヤはこの映画にヒロインとして登場しています。若い男の子がこのろくでもない世界を愛で満たすために、その幻想を仮託するに申し分のない可愛らしい女の子です。幻想を抱く男の子はジャン・ピエール・レオ、『大人は判ってくれない』から比べると随分と大人になりました。ジャン・ピエール・レオ扮するポールは、シャンタル・ゴヤ扮するマドレーヌに恋しています。マドレーヌ、なかなか強かで大胆、ポールとの会話で「私と寝たい?」とか「私に好きと言われたら嬉しい?」とか尋ねてポールの気持ちを揺さぶります。若い男の子はそんなこと言われたら気が急いてどうにもならなくなり、強引に誘い出して「結婚してくれ」などと言ってしまい、案の定嫌われてしまったり…。大人になった(なってしまった)今だからこそ、見ていて思わず笑えます。
 さて、映画の内容は兎も角として、この映画でシャンタル・ゴヤは現実と同じように売り出し中のアイドル歌手として出演し、自身の曲も流れます。どうしてアイドル歌手のシャンタル・ゴヤがこのゴダール映画に出演することになったのか?—まあ、ゴダールの好みだったのでしょう。こちらとしては60年代のシャンタル・ゴヤの姿を永遠にフィルムに焼き付けてくれたというだけでも、ゴダールには感謝せねばなりません。劇中で流れるシャンタル・ゴヤの曲は全部で6曲、私がこの映画を見た当時はCDも出ていなかったので、シャンタル・ゴヤの曲を聴くにはこの映画を見るしかありませんでしたが、その後、10年くらい待って漸く仏MagicからCD化されて、最近では非常にチープではありますが紙ジャケでも再発になりました。シャンタル・ゴヤのアイドル時代の音源は、もともとシングル数枚分しかなく、このCDにはそれらが網羅されています。映画の方も人気があるので、これまで何度かDVDで再発されており今でも容易に入手可能ですから、シャンタル・ゴヤの可愛らしい姿とともに、若者が抱く永久不変の焦燥感をこの映画で味わってみてください。

『Les Annees 60』













『男性・女性 HDニューマスター版(DVD)』


2008/12/13

映画『パーティ』のクロディーヌ




 ピンクパンサーでお馴染み(といっても若い人は知らないんでしょうね〜)のピーター・セラーズ主演の映画『パーティー』(1968年)の一場面です。この映画には当時女優としても活動していたクロディーヌ・ロンジェが出演していて、ヘンリー・マンシーニ作になる「Nothing to lose」という曲を歌っています。マンシーニなんて有名すぎるので言わずもがなですが、この曲、なかなかいいですねえ。この映画を見た訳ではないので詳しいことはわからないですが、クロディーヌの出演にあまり必然性は感じられず、その美貌ゆえに映画の引き立て役として起用されたのもと思われます。ピーター・セラーズの顔がやけに黒っぽいのでなんでだろうと疑問に思って調べてみたら、この映画での彼の役所はインド人の舞台俳優パクシ氏ということで、映画はそのパクシ氏がハリウッドにやって来て騒動を起こすという、まあよくあるドタバタコメディでした。
 取り急ぎ映画の内容はどうでもいいのでこれ以上深入りしませんが、それにしてもこのクロディーヌの映像もいいですねえ。もう充分大人ですが、このあどけなさ、小さい女の子がそのまま成長したような感じがします。クロディーヌの最大の武器はもちろん幼けない声にあるのですが、見た目もとってもチャーミングで、この60年代的な毛先のカール具合が更にいい感じです。女性としての雰囲気というか佇まいというか、伏し目がちで下唇をかむ仕草とか、そういうものもかなり私の好みであります。
 さて、この「Nothing to lose」は当時シングル盤としてもリリース(A&M 936)されていますが、映画版の「Nothing to lose」とシングル盤とではヴァージョンが違います。この映画のサントラもありますが、収録されているのはインスト版なので、この映像のヴァージョンは映画の中でだけしか聞くことが出来ません。シングル盤の方もアルバムには未収録なので長いこと未CD化でしたが、昨年漸くVerveの『Jazzclub』という廉価版のシリーズにてCD化されました。『Henry Mancini Songbook』というタイトルでヘンリー・マンシーニの名曲の数々を収録したものですが、あれだけ有名曲があるなかでこの曲を選択するとは、このCDの選曲者はなかなかの通です。もちろん「ピンクパンサーのテーマ」も1曲目に入っていますよ。

『Henry Mancini Songbook』













『パーティ(DVD)』


2008/12/07

シャンソン人形ってどんな人形?




 ということで「夢見るシャンソン人形」の登場です。もちろん名実共にフランス・ギャルを代表する曲であり、世間的にもフランス・ギャル=「夢見るシャンソン人形」というイメージは強いですが、ではなぜそうなったのかというと、この曲がユーロヴィジョンというヨーロッパ全体にTV放送されている音楽祭で、1965年度のグランプリを獲得したからなのです。ユーロヴィジョンは1956年から開始され現在でも開催されていますが、このユーロヴィジョンでの優勝が、フランスのみならず特にヨーロッパ圏でのフランス・ギャルの人気を上げる要因になったのです。
 歌の内容ですが、先ずこの「夢見るシャンソン人形」という邦題についてちょっと解説したいと思います。この曲の原題は「Poupée de cire, poupée de son」、直訳すると、“蝋人形、もみ殻詰め人形”となります。日本盤CDの対訳では、“Poupée de son”の部分は”ヌカ人形”と訳されていますが、確かに“Son”という言葉には“糠”(ヌカ)という意味もあるのですが、ヌカの人形では、一体それがどんなものかあまり想像がつきませんよね。ところが同時に“son”という言葉には、“籾(もみ)殻”という意味もあり、“Poupée de son”となった場合、“もみ殻を詰めた人形”という意味になるのです。これは小さな仏和辞書などには載っていませんが、ロベールなどの大きな辞書にはきちんと慣用句として掲載されています。“もみ殻を詰めた人形”ならば何となく想像がつくでしょうか。人形(ぬいぐるみ)の中身の詰め物にもみ殻を使用することはあると思います。
 また“Son”には“音”という意味もあって通常その方が一般的ですが、この曲の65年当時の最初の日本盤シングルの解説には、“原題の「Poupée de cire, poupée de son」は、「蝋の人形、歌う人形」と云う意味です。”と記されています。別の日本盤では、“原題は「蝋人形、ヌカ人形」”と記されているものもあり、他にも“わら人形、カス人形”など様々な解釈がある様です。“Poupée de son”を音の人形とし、それをさらに“歌う人形”と拡大解釈すれば、“シャンソン人形”という邦題もあながち外れてはいないですが、いずれにせよ誤訳であることには変りないです。それに、ヌカの人形とかカス人形いう訳は頂けない。ヌカで人形を作ったら…、あまり想像したくないですね。これもまた心ない機械的な誤訳であります。
 さらに「夢見る」の部分ですが、60年代の洋楽の邦題にはこの「夢見る」という言葉を使うケースが多く、まったく意味のない言葉と解釈していいようです。日本の制作サイドとしては、夢見るという枕詞をつけることで純情可憐な乙女像をさらに効果的に演出しようと思ったのでしょうが、もともとこの歌は、アイドル歌手に「私はただのお人形さんに過ぎないのよ」と歌わせ、さらに本当の恋の経験もないのに恋の歌を歌うという矛盾について、それをアイドル自らに歌わせるという、作者セルジュ・ゲーンズブールの辛辣な表現によるものなので、「夢見る」どころか、逆にアイドル=単なるお人形であることを嘆いている内容になっているんですがねえ。それともこの曲の最後の方の歌詞の“Mais un jour je vivrai mes chansons”という部分(「いつか私は私の歌のように生きる」)を、夢見ると解釈しているのでしょうか。深読みし出すと切りがないで、この辺でやめておきます。因みに当時この曲はフランス・ギャル自身によって、ドイツ語、イタリア語、日本語(訳詞は岩谷時子)でもレコーディングされ、日本でも越路吹雪を始め多くの歌手がカバーしています。

2008/12/06

初恋は失恋に終わるもの




 初恋はその殆どが失恋に終わるもの、世の中には十代の頃に恋に落ちてそのままゴールインするカップルもいるのだろうけど、初恋の甘酸っぱい思いは、失恋が必然的に伴わなければいけないのですね。「はじめてのバカンス」から3ヶ月後、フランス・ギャルの4枚目の4曲入りEP盤のA面2曲目に収録された曲です。タイトルは「Le premier chagrin d'amour」、直訳すれば「最初の愛の哀しみ」となります。つまりは失恋ソングです。「Mes premières vraies vacances」では、バカンスで素晴らしい恋に出会うかもと期待に胸をふくらませていたのですが、結局そこで出会った男の子との初恋は失恋に終わってしまったのでしょうか。歌詞を見てみると、「いつかはやってくるとみんながいっていたけど、こんなにつらいなんて!そうつらすぎるの。私の初めての失恋。」と乙女の繊細なハートがかなり傷ついてしまいました。続けて「雲が流れてやがて消えていくように、愛に変る前に彼も去ってしまったの。」と悲しげに歌っています。
 所詮はアイドル音楽、ではありますが、斯様にしてフランス・ギャルの音楽は、歌詞の内容を理解するとさらに可愛らしさや愛おしさが増すように思われます。当時のフランス・ギャルの同世代のリスナーたちがそこまでわかっていたか定かではありませんが、セルジュ・ゲーンズブールのような曲者も含めて、当時の大人側の作り手たちがフランス・ギャルのキャラを充分に活かして、十代の少女の理想型を創り上げていたのです。フランス・ギャル本人は別としても、作り手たちはみんな曾ての少年が成長した野郎どもですから、フランス・ギャルの可愛らしさに仮託して少年の頃に憧れた理想の少女像の再現を試みていたのでしょう。私のようなおっさんがフランス・ギャルに魅力を感じるのも所以なし、といったところでしょうか。

 さてこの映像ですが、夏に発売された曲だからなのか、フランス・ギャルはノースリーブのワンピで登場です。解説に拠れば実際は1964年の11月に放送された映像ということで、すでにフランス・ギャルは17歳になっています。ショートボブの真ん中分けで、毛先がくるんとしている、みんながよく知っているフランス・ギャルの典型的なスタイルです。翌年に「夢見るシャンソン人形」で完全ブレイクしますが、アイドル歌手としてもっとも輝いている時期ですね。

2008/12/04

大人の女性には自由が必要よ!




 一部誤情報でフランス・ギャルのデビュー曲だなんて言われているようですが、デビュー曲は「Ne sois pas si bête」ですからお間違いなく。そのデビューから半年後、16歳のフランス・ギャルですよ〜。この曲「Mes premières vraies vacances」は、1964年の5月にリリースされた4枚目のEP盤のB面1曲目に収録されています。それにしても初々しい映像!
 ちょっと歌の内容を解説してみると、この曲は高校生くらいの女の子が、はじめて家族旅行じゃない旅行、すなわちはじめて両親の同伴なしのバカンスに出かける前夜の気持ちを歌ったものでして、「もう私は大人の女性なんだから、私には自由が必要よ!」とかいいながら、「大人なんだから裸足で歩く権利もあるし、髪をしばってなくてもいいし、水泳帽なしで泳いでもいいのよ!」などと、大人の権利を子供っぽく主張しております。他にも、はじめてのバカンスで出会うであろう男の子のことや、その男の子とボートに乗ったりお菓子を贈られたりするのはOKだけど、でもそれ以上はダメ!とか、年頃の乙女の気持ちがまんべんなく表現されており、これがまた相当に可愛らしくて、アップテンポな曲調もバカンス前のウキウキ気分に見事にマッチしていて、それをフランス・ギャルが歌うんですから、もう、素敵過ぎますね。大好きです。個人的にはアイドル時代のフランス・ギャルのベスト10に入るほどのお気に入りであります。

 歌の内容といえば、この曲が収録された日本盤CDの歌詞対訳にはひどい誤訳があるようです。問題の部分は原詩では、
Mes premières vraies vacances
Comme elles me semblaient loin
Et voilà qu'elles commencent
Je serai là-bas demain
となっているのですが、意味は「私の初めてのバカンス、なんて遠いことのように感じるのかしら。でもほら!もうバカンスは始まってるし、明日にはもうそこにいるのよ!」ってな感じになります。ところが日本盤の対訳では、この”Comme elles”の部分を”L.A.”と解釈しいるらしく、 “L.A. me semblaient loin”、直訳すれば「ロサンジェルスは私には遠く感じる」ってことになっちゃってるようです。まあ“Comme elles”の部分が“L.A.”と聞こえなくもないですが、前後の文脈とか歌の背景を全く考えていない適当な聞き取りによる対訳と思われ、やっつけ仕事以外の何者でもないですね。そりゃあ、確かにロサンジェルスはフランスからは滅茶苦茶遠いですが、60年代のパリの普通の女子高生が、はじめての両親なしの旅行でロスには行けないですよね。ちょっと考えれば、簡単にわかることだと思いますが…。
 近年になって発売されたCDでも、ライナーや対訳が昔のままってことがよくあるんですが、この大胆な間違い、今でも踏襲されているんでしょうか。私はよっぽどのことがない限り日本盤は買わないのでわからないですが、誰か持ってたら調べてみてください。

『フランス・ギャル全集~夢見るシャンソン人形』
※このジャケとタイトル、とっても昭和レトロな感じ?


2008/12/01

下手に触ると噛み付くわよ




 フランス・ギャルの未発表曲として昔から有名だったのがこれ。一体どんな曲だったのだろうと想像していましたが、2006年に発売されたセルジュのアンソロジーDVDに収録されて、その正体が判明しました。セルジュのTVスペシャルで放送された音源だったのですね。勿論CD化はされていませんし、恐らくこの番組のために書き下ろされ、この番組でしか流れていない曲でしょう。タイトルは「DENTS DE LAIT, DENTS DE LOUP」。直訳すれば、「乳歯、狼の牙」ということになります。年代は67年、フランス・ギャルはロングの金髪で前髪を揃えています。このあと前髪も伸ばして、横分けにするんですね。(『1968』のLPジャケを参照。)
 曲の歌詞を聞き取ってみると、実にセルジュらしいひねりの効いた内容になっています。まずはセルジュが、「君は所詮赤ん坊に過ぎない。まったく赤ちゃん狼だぜ。乳歯はあっても狼の牙は生えてない。」とかなんとか歌うと、今度はフランス・ギャルが「そうよ、私は赤ちゃんよ。ほんとに狼の赤ちゃんだわ。もちろん乳歯が生えてるわよ。狼の赤ちゃんの乳歯がね。」と切り返します。赤ちゃんでも狼だから、噛み付かれたら痛い目に会うわよ、とでも言いたいのでしょうか、可愛すぎますなあ。またこのフランス・ギャルの歌い方が普段にはない“ねんね”な感じで、セルジュのおっさんも思わずニンマリでしょう。♪Loup〜と歌うところの“るぅ〜ぅ”ってちょっと上がる部分、かなりやられますね。いやあ、まいった。

 さて、セルジュみたいに唇によだれ状態になりそうなので、この辺でやめときますが、またまた残念なことにこの映像の収録されたセルジュの『セルジュ・ゲンスブール 1958-1969』はすでに廃盤です。安く再発したら買うんだけどねえ。それよりもフランス・ギャルのアンソロジーDVDが出た方がいいですね。

『セルジュ・ゲンスブール 1958-1969(DVD)』