私の最初の音楽体験は、テリー・ライリーの「A Rainbow in Curved Air」でした。小学生のガキがいきなりありえない感じですが、小学校の高学年にもなると、例の「科学と学習」か何かの付録に自作のラジオ・キットがあって、それを作ったりしてラジオに親しむようになり、興味本位でAM・FMの番組をいろいろと聴いていて、ある日まったく偶然にNHK-FMの『現代の音楽』を耳にし、当時番組のテーマ曲になっていたこの曲を聴いたのです。その時の感想を当時の小学生の言葉で言えば、脳みそに炭酸水(ファンタか?)を注ぎ込んだ感じとでもいいましょうか。この電子音の音の粒々が湧き出る泉か洪水の如く押し寄せる感覚にすっかり魅せられてしまいました。そうして『現代の音楽』を毎週欠かさず聞くようになり、ひたすらNHK電子音楽スタジオ制作の音源が流れるのを心待ちにしていたのでした。
その後すぐにテクノの時代がやってきました。当時の小中学生の誰もがはまったYMOに私もはまりました。ギターで渡辺香津美が参加していたのも大きいですが、今聞くと初期のYMOはテクノというよりほとんどシリアスなフュージョンですよね。すごくグルーブ感があって、パンクやニューウェーブから派生した所謂テクノポップの感触とは随分と違ったものに聞こえます。ニューウェーブ系のアーティストはどちらかといえば演奏技術よりアイデア勝負なところがありますが、YMOに関してはメンバーのそれまでの経歴からしても、高度な演奏技術に裏打ちされた計算された音楽なのでした。もちろん当時はそんなことには気づいてさえいなかったですが。
YMOの全世界デビュー盤の1stの帯には、「クラフトワークが脱帽し、ディーボが絶賛した」とのコメントがありました。それじゃあクラフトワーク聞かなきゃねえ。NHK-FMで彼等の来日公演の模様が放送されたのはいつのことだったでしょうか。TDKの鉄製のメタルテープに録音しましたよ〜。これも一聴して好きになりました。『人間解体』や『ヨーロッパ特急』のジャケットを見て、この人たちは人間か、サンダーバードの人形じゃないのかと本気で思ってました。YMOと比べると非常に機械的で人工的でストイックな感じがしてこれが本当のテクノポップなんだと思ってました(特にリズムマシーンの音に)。
さてもう一方のディーボです。クラフトワークの理路整然と並んだ音の配列に比べて、ディーボは随分とぶっ壊れてる印象を受けました。騒々しくてぐちゃぐちゃで奇妙でパワフルで、私はディーボによってニューウェーブの洗礼を受け、バンドという形態を初めて意識したのもこのディーボが最初でした。後になってプロディースがブライアン・イーノだと知ったり、そこから『No New York』関係につながっていったりと、70年代後半から80年代前半にかけてのパンクやニューウェーブやノイズ・アヴァンギャルドなどの先鋭的な音楽を追求する第一歩になったのが彼等でした。
さてさて、そんなおり、当時小中学生に人気のあったNHKのTV番組『600こちら情報部』でこんな特集が組まれたのです。
80年の春ですかぁ。当時テクノ御三家といわれたP-MODEL、ヒカシュー、プラスチックスが出演して生演奏するという企画、それが子供向けの情報番組で放送されるのだからすごいですよねえ。今見ると非常に時代を感じさせる映像ですが、当時はすごくかっこ良かったんです。もうリズムボックスの音がねぇ、イントロでそれが鳴り出すだけで、自然と体が反応してしまうのです。これによって完全に私はテクノ/ニューウェーブの波に呑まれてしまい、しばらくその海を漂流することになるのでした。
さて、最後にこのブログらしく当時のテクノ・アイドルの紹介です。
「レッツゴーヤング」、懐かしいですねぇ。彼女は当時中学生で、ほぼ私と同世代でした。今見ても可愛いと思うのは私だけでしょうか?
