まずはエドガー・ヴァレーズの「ポエム・エレクトロニック」。このタイトル、当時すごく気に入ってました。当然の如く未来派とかダダとかの影響を受けてたので、この「電気詩」という概念は非常に好きなものでした。音の方もとにかく構成が完璧というか、超クールというか、電子音、具体音、楽器音、各種取り混ぜて、しかも絶妙な隙間のある空間&時間処理は、まさしく電気的な音に拠る「ポエム」なのでした。
続いてカールハインツ・シュトックハウゼンの「コンタクテ」です。当時シュトックハウゼンという名前は、私の中で科学者か物理学者のように響き、電子音楽の権威として圧倒的な魅力を持っていました。この作品では電子音にピアノと打楽器がミックスされてますが、飛び道具っぽい電子音がスリリングに行き交う様は、これまた非常にカッコいいです。電子音の音色も素敵。
続いてはジョルジ・リゲティの「アーティキュレーション」です。これ、見て頂ければわかると思いますが、図形楽譜が音の進行と同時に移動していきます。面白いですねえ。まるで視覚詩や抽象絵画をそのまま音楽にしたかのようで、例えばミロの絵を音楽にしたらきっとこんな感じなのだろうと思って聴いていました。
続いてはイアニス・クセナキスの「ペルセポリス」です。楽器音、自然音、具体音をごちゃ混ぜにして、そこに電気的変調をかけるというライブエレクトロニクス的な傑作で、重く引きずるようなドローン・サウンドが無窮の時間を感じさせます。クセナキスは建築家にして数学者でもあって、音楽は建築や数学とも結婚できることを証明しました。
そして最後はジョン・ケージです。ご存知の通り、ケージは「4'33"」という無音音楽作品で、音楽と非音楽の境界線を済し崩しにした、あるいは音楽の概念を転換させた人です。ケージの前と後では音楽の意味は根本的に違っている筈です。そんなケージを好きになってしまうと、そこからデュシャンやウィトゲンシュタインに繋がって、それは最早音楽だけの問題ではなく、存在そのものの哲学的考察へと関心が移っていき、少年はそうして次第に大人になっていくのでした。
