2009/05/01

僕のことを覚えておいて、でも僕の人生は忘れて。




 私がこれまでに出会った音楽家のなかで、もっとも強烈な印象を残した男、それがクラウス・ノミです。先ず見た目、かなりぶっ飛んでいます。この剃り込みの入れ方は何でしょう。それにこの衣装、近未来的なイメージでこれまた奇抜です。そして顔にはまるでピエロのような化粧を施しています。確かに彼はある意味で哀しい道化師であったのかも知れません。或いはその哀しみ故に自ら道化師を演じなければいけなかったのかもしれません。
 クラウス・ノミは最近ではドキュメンタリー映画が公開されるなどして再評価の兆しがありますが、80年代以降、一部の熱狂的なファンをのぞいて彼は完全に忘れられた存在でした。そんな中でも彼が辛うじて人々の間で記憶に残っていた理由は、この奇抜な容姿と、彼がエイズで死んだ最初のミュージシャンだったというエピソードでした。81年と82年にアルバムを1枚づつ残し、翌83年にはエイズによって39歳の若さで亡くなっていますが、そのエピソードも然ることながら、この容姿と、そして何より、クラシックのオペラとロックを融合させたその音楽の特異性によって、我々の記憶の中にさらに強力な印象を残しているのです。何かにつけ、彼の表現方法は極端でした。



 私がクラウス・ノミを最初に聴いたのがこの曲、ヘンリー・パーセルの「Cold Song」でした。この曲は例のスネークマン・ショーのアルバムに収録されていて、また、当時のフランス映画『愛の記念に』の主題歌にもなっていました。スネークマン・ショーは桑原茂一の選曲センスが良くて、ホルガー・シューカイの「ペルシアン・ラブ」なんかも収録されており、結構ギャグと音楽の流れが好きだったし、一方、モーリス・ピエラ監督の『愛の記念に』は、思春期の女の子の肉親に対する愛憎を迫真の演技で描いた映画で、当時16歳くらいのサンドリーヌ・ボネールの見事な脱ぎっぷりに釘付けでした。映画のオープニング、海の上で疾走するヨットの先端に立つサンドリーヌを映し続けるだけのシーンで、ノミの「Cold Song」が流れます。



 ノミの音楽は非常にシリアスなものもあれば、非常にコミカルなものもあります。そこがどうしてもサーカスのピエロ的な悲喜劇的な姿を彼に重ねさせるのです。彼の音楽的ルーツは、マリア・カラスとエルヴィス・プレスリーで、その二人が出会った先にノミの音楽が形成された時点で、その運命は決まっていたのかもしれません。



 彼が生前最後に発表した作品は「Death」(死)という曲で、この曲の歌詞では、「僕のことを覚えておいて、でも僕の人生は忘れて。」と歌っています。それはあまりにも美しく悲しい彼の遺言です。ですので心優しく純情可憐な乙女の皆さんは、是非とも彼のことを覚えておいてあげてください。それが彼にとっての幸福なのですから。

『Klaus Nomi』