まずは西田佐知子の「アカシヤの雨がやむとき」から。いきなり歌の冒頭から、“アカシアの雨に打たれて、このまま死んでしまいたい”です。続けて、“朝の光のその中で、冷たくなった私を見つけて、あの人は泪を流してくれるでしょうか”ということは、この歌の主人公の女の人は、男の人に捨てられてしまったのでしょうか?—男の人に捨てられるという表現が現代に通用するのかどうか、今の女性はそんなにやわではないし、男の人が女性の幸せの全てなんてこともないですね。
続いて弘田三枝子の「人形の家」。“顔も見たくないほどあなたに嫌われるなんて”と、これまた失恋の歌です。“愛されて捨てられて忘れられた部屋の片隅”、うう〜ん、これまた捨てられてしまったんですねえ。ただ最後に、“私はあなたに命を預けた”と主張しているのでちょっと進歩しています。でも命を預けたということは、活かすも殺すもあなた次第、ということなんでしょうか。しかし、感情のこもった素晴らしい熱唱ですねえ。歌に心を込めるということはこういうことなんでしょうね。見た目も今っぽくて可愛いのでは?
次は奥村チヨの「終着駅」。“落葉の舞い散る停車場は哀しいの吹きだまり”って、ううう、吹きだまっちゃうのか〜。これまた捨てられた女性がやって来るんでしょうか。“そして今日もひとり、明日もひとり、過去から逃げてくる”、一体逃げ出したい過去とはどんな過去なのでしょうか?しかも比喩とはいえ“真冬に裸足”ですよ。捨てられた上にそんないじめなくても…。”一度離したら二度とつかめない、愛という名の暖かいこころの鍵は”というのは身にしみる言葉ですねえ。この頃の奥村チヨも非常に今っぽくて可愛いです。
続いてちあきなおみの「喝采」。これも素晴らしい歌ですねえ。今度は女の人が男の人を捨てる歌です。しかも、また衝撃的な内容!ーこの歌の主人公は恋人を捨てて歌手になったのですが、ある日届いた便りには“黒い縁取りがありました”。つまり捨てた恋人が死んでしまったのですね。愛を捨てて歌手になりその愛した恋人が死んでしまったというのに、いつものように幕が開いて私は恋の歌を歌っている…本当の恋を知らずに恋を歌うフランス・ギャルの「シャンソン人形」と近似値でしょうか。
次は藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」。これまた、一体何をしちゃったの!?と云いたくなるような内容です。有名だと思いますが、“15、16、17と私の人生暗かった”と、そんな〜、その歳で一体何があったのさ〜という感じですね。“前を見るような柄じゃない、後ろ向くよな柄じゃない。よそ見してたら泣きを見た”って、脇見運転して事故ったのか?と思わずつっ込みたくなります。しかもその後”1から10まで馬鹿でした”とまた救いようのない…。夜の夢でもいいですが、夢がひらけることを心から願います。
続いていしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」。今度は幸せな恋人たちの歌です。なあんだ、こういう歌もあるんじゃないと思ったんですが、でも“二人の世界いつまでも”と歌っているわりには、曲調はマイナー調なんですねえ。そう思うと、ブルーライトっていうのも何となく淫靡な感じがして、夜の闇とネオンとが、大人の男女の時間を象徴するかのようです。いしだあゆみの鼻にかけた声がまたその雰囲気をさらに強調しています。後年は大人の演技派女優になりますが、この頃はアイドルっぽい可愛らしさです。
最後はちょっと毛色が違いますが山口百恵の「ひと夏の経験」です。山口百恵はこのとき15歳だったというのですから驚きですが、この歌詞の内容も15歳の少女が歌うにしてはかなり衝撃的です。女の子の初体験の隠喩になっているわけですが、現代の女の子たちは自分の初体験にここまでの重みと意味を感じるのでしょうか。逆に“あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ”と真剣にいわれたら、現代の男の子たちはどんな気持ちになるのでしょうか。きっと引いちゃうんだろうなあ。
