年少の頃、日曜の夜は特別に寂しい時間帯でした。日曜洋画劇場が物悲しいメインテーマとともに終了し、明日の学校の準備をしてからお風呂に入って、そして眠りにつくのですが、部屋の灯りを消した後も終わりつつある休日を惜しむようにして深夜ラジオに耳を傾けていました。ところが当時の深夜ラジオは、日曜(厳密には月曜)の1時を過ぎるとAM/FM各局ともに放送を休止してしまうのです。1時を過ぎるとラジオのチューニングをどんなに捻っても、聞えてくるのはシャーというノイズ音ばかりで、その寂しさといったら、まるで世界が終わってしまったような感覚に陥るほどでした。そしてその日曜の深夜の寂寞感と同質の空気を、私はNicoの音楽から感じていました。
1984年頃のことですが、ロック雑誌を見ていて、私はある広告ページに目が止まりました。「あのバナナのレコードが再登場!」いわずもがなですが、『The Velvet Underground & Nico』の日本盤再発LPの広告でした。同時発売として、2ndの『White Light/White Heat』、3rdの『The Velvet Underground』、そしてこれが初登場になる未発表曲集の『VU』とNicoの1stソロである『Chelsea Girls』がありました。もちろん私は全て購入しましたが、思えばこの Velvet Undergroundとの出会い以降、私はリアルタイムの音楽から急速に興味を失い、過去の遺産を発掘する旅に出かけたのでした。
Velvet Undergroundの音楽は十代の少年にはとても刺激的なもので、その世界は暴力的な騒音や傷つきやすい繊細さが剥き出しの感性によって形作られていました。そうした意味では、ジャケットのバナナの皮は剥かれてこそ意味があったのかもしれません。対してNicoの『Chelsea Girls』は、ギターにフルートやストリングスなどの室内楽的な要素を加えた知的で繊細な演奏に、Nicoの冷たくて優しい歌声が物悲しく響き、何とも言えない寂寞とした風景を持った作品でした。以来、私は、小さな明かり取りの窓が一つだけある地下室を訪れるような気分で、この『Chelsea Girls』のレコードに何度も針を落としました。
そうこうしているうちにそのNicoの最新アルバム『Camera Obscure』が85年に発売され、そしてこれは結果的にNicoの最後のオリジナル・アルバムになってしまいました。あの伝説のVelvet Undergroundの1stアルバムに参加したNicoの、その最新アルバムをリアルタイムで聴けるのは大変光栄なことだと思いました。そしてそこに展開されていた音楽は、『Chelsea Girls』とは比べ物にならないほどさらにさらに暗く重く深く、光の殆ど届かない凍てついた世界の果てから届いたようなものでした。その後、『Marble Index』や『Desertshore』『The End』といった70年代前半のアルバムを聴き、それらも相当気に入りましたが、やはり最終的にはこのラスト・アルバムが私にとっては彼女の最高傑作でした。
いまでも極稀にNicoの声が聴きたいと思うことがあります。十代の少年の頃のような怖いもの知らずの好奇心と音楽に殉ずるような情熱を失った今となっては、それは大変勇気がいることですが、それでもたまには冷たく重く固い鉄の門を無理矢理に抉じ開けて、Nicoの魂の住む凍てついた鋼鉄の城を訪れてみたいような気持ちになるのです。「地下水道を伝わってくるような声」と評されたNicoですが、彼女の歌声はかつて存在した全ての歌声の中でも、その極北に位置することは間違いないでしょう。その声には一度聴いた者にまるで呪いをかけるかのような暗く重く深い情念が満ち溢れていて、我々をその呪縛から永遠に逃れられなくするのです。
『カメラ・オブスキュラ』

