2009/04/25

ボサノヴァと交通情報




 バイーアからきた四人娘こと、Quarteto Em Cyです。アンディ・ウィリアムス・ショーに出演した際の映像ですが、とても楽しい曲ですね。Quarteto Em Cyのコーラスワークは抜群、息もぴったりで言うことなしです。一方のアンディ・ウィリアムス、これまで何度か書いてますが、我等がクロディーヌの元旦那です。ユーモアのセンスもあるなかなかの好男子で、音楽的センスも抜群ですね。

 さて、今回のテーマはボサノヴァ。実はこのボサノヴァという音楽、私には非常に厄介な存在です。クロディーヌのアルバムを少しでも聴いたことのある方なら、彼女が取上げている作品にボサノヴァの名曲が何曲かあることがお分かりでしょう。そういう点ではボサノヴァは我々に馴染み深い愛すべき音楽といえるのですが、ではそこから一歩進んで本場ブラジルのボサノヴァを聴いてみると、どうもしっくりこないのです。Quarteto Em Cyの曲をもう一曲。



 72年の作品ですが、ちょっとサイケ入ってていいですね〜。曲自体は非常に好きだし、演奏もグルーブ感があってかなり水準は高いと思われます。ところが、これでもしっくりこないんですねえ。さて、なにがしっくりこないのか。続いては有名どころで、クロディーヌが好きな人によくクロディーヌの同系として紹介されるアストラッド・ジルベルトを聴いてみましょう。



 これまたいいですねえ。アストラッドの涼しげな声は非常に心地良いし、音楽自体も洗練されていて、オシャレ感、おすまし感もばっちりで、かなり気持ちのいい音楽ですよ。間奏で楽しげに踊る男性のノリノリ具合が示す通り、ウキウキ・グルーヴィンの要素もばっちりです。でも、やはり、何かがひっかかるんですねえ。続いては超有名曲。



 先ず第一は言語の問題。この「イパネマの娘」は英語で歌われていますが、ボサノヴァは基本ブラジルの母国語であるポルトガル語で歌われます。このポルトガル語の語感というのがまず引っかかりの第一要素です。英語を規準として、言語の特徴をおおまかにわけると、ドイツ語やロシア語など北半球系は寒く固い系、イタリア語やスペイン語、東南アジアやアフリカ地域など、南半球系は熱く緩い系で、特徴的な国や言語であるほど、言語の持つ語感が音楽のイメージを規定してしまいます。ポルトガル語というのは、言語そのものが持つその質感が、英語やフランス語に比べると起伏が多いというか、後味が強すぎるような感があるのです。
 続いては音楽の問題。ボサノヴァの音楽は、南国ブラジルで生まれていますので、基本的にはおおらかでゆったりして陽気です。まるで波が寄せ返すようなイメージを感じさせる、優しくも美しい音楽です。しかしそれ故に緊張感のない、リラックスした弛緩した状態の音楽ともいえます。こういう人の意識の邪魔をしない音楽というのは、よくBGMに使われやすく、特にラジオの交通情報などは、その殆どがBGMにボサノヴァのインスト曲を使います。BGMとして使われることによって、音楽からその主体性が奪われ、さらに添え物的な印象が強く残ります。しかもそのような日常的場面に使われる音楽というのは、人が自覚的に音楽を聞き出そうとする以前から耳に入ってきているので、そういう刷り込みはなかなか消えるものではありません。私の場合、「イパネマの娘」を聴くと、その間奏部分では思わず「では、ここで首都圏の交通情報をお知らせします。」というアナウンサーの声が聞えてきてしまいます。そういう印象があることが否めないので、音楽の本質とは違う所で、それが妙なトリガーになってボサノヴァ自体の音楽的品位を勝手に貶め、心から賛美できない一因とさせているのです。
 さて、そんな訳で我が家にはボサノヴァのアルバムは一枚もありません。音楽自体は嫌いではないですし、60年代の雰囲気によく合った音楽で愛すべき要素も多いので残念ですが、こればっかりは仕方がありません。90年代以降はオシャレな音楽の代名詞のようにボサノヴァは扱われることも多いですが、実際に聴いてみると私と同じような感慨を持つ方も多いのではないでしょうか?

 では最後にアンディ・ウィリアムスとの思い出とともにクロディーヌの歌うボサノヴァの名曲「How Insensitive」をお聴きください。

2009/04/24

4月、3月—巴里のアメリカ人




 そろそろ4月も終わりだから、ということでもないんですが、4月3月という春っぽい名前のApril Marchです。彼女、フランス・ギャル・ファンやフレンチ・ファンにはお馴染み(?)ですが、もちろんその理由は、デビュー作でフランス・ギャルなどのフレンチのカバーをしていたからですね。本人は生粋のアメリカ人ですが、フランス好きのようで、フランス語も普通に違和感はないですね。声はかなりのみゃーみゃー声ですが、それほど不快な感じではないです。見た目については、昔から思っていたのですが、若いのか、それとも結構いってるのか、かわいいのかそうでもないのか、何となくつかみどころがありません。初期は姉御っぽい感じでしたが、この映像は結構かわいい系ですね。調べてみたら1965年生まれだそうで、デビュー当時は30歳直前、もともとはアニメーターとかCGクリエーターの仕事をしていたそうです。この曲を聴けばわかる通り、彼女の音楽は、フランス・ギャルを始めとする60年代のフレンチとか、ソフトロックやボッサとかサバービアっぽい感じとか、90年代に流行した音楽の要素をまんべんなく取り入れて、日本の渋谷系に近いセンスをしています。



 というわけで一応フランス・ギャルの「Laisse tomber les filles」のカバーをご紹介。デビュー作に収録されていますが、当初彼女はちょっと不良っぽい下世話な感じのイメージでした。その後は最初に紹介した曲のようなオリジナル90'sなイメージに変りましたが、フランス・ギャルの中でもこの曲を選んだのは、曲調がそうしたイメージに近かったからでしょうか。同じアルバムで、オリジナルではフランス・ギャルの笑い声が入るセルジュの「Pauvre Lola」をカバーしてますが、その笑い声のカバーはかなりお下品です。



 同じアルバムから今度はギリアン・ヒルズの「Tu mens」。さらに不良っぽい、姉御っぽい感じになりました。こっちのほうがいいですね。しかしこれはどう考えてもフェイクですよね。昔、そういわれていたかどうかは知りませんが、おそらく彼女の感覚としては、半分本気、半分ギャグなのでしょう。こういう路線はこのアルバムだけでやめましたから、そういう捉えられ方をされるのが逆に彼女の狙いだったのかもしれません。



 この曲はオリジナルでしょうか?—どっかで聴いたことがあるなあと考えてたら思い出したのが「プカプカ」でした。さすがにApril Marchはザ・ディランⅡを聴いてはいないだろうけど。



 この曲の作者の西岡恭蔵さん(メガネの方の人ね)は、奥さんが亡くなって三年後に自ら命を断ったそうです。この「プカプカ」の歌詞を聴いていると、西岡さんの奥さんへの愛がわかるような気がします。西岡さんにとっては「おれのあんこ」が全てだったんでしょうねえ。不謹慎ですが、その行為は殉教っぽくて、乙女チックです。ああ、April Marchと全然関係ない話になってしまいましたので、今日はこのへんで。

2009/04/11

孤独でやせっぽちの少女のための夜想曲


 Young Marble Giantsを聴いていると、痩せっぽちで孤独な少女のイメージが思い浮かんできます。リズムマシーンを下地にして、ギター、オルガン、ベースをチープかつストイックに構成した演奏は、まるで少女の骨格のような針金のような繊細さと脆さを持っています。そこに感情を抑えて淡々と歌うAlison Stattonの声が響くと、夜、ひとりの部屋で物思いに耽る少女の、そのまっすぐな瞳の奥にある脳内の純な思考を垣間見ているような気がしてくるのです。



 70年代後半のパンク・ニューウェーブのムーブメントは、音楽におけるプロとアマチュアの垣根をなし崩しにしました。高度な演奏技術がなくても、既成の概念にとらわれない自由な発想で音楽を創出できれば、それをインディーズのレーベルを通じて世に送り出すことが可能になりました。そうした中でYoung Marble Giantsも誕生し、当時のイギリスを代表する自主レーベルの一つであるRough Tradeからレコードをリリースしたのです。そしてそれこそが、発売から30年近く経った今でも、ともて瑞々しく、ひりひりとした思春期感覚を失っていない名盤『Colossal Youth』なのです。



 ボーカルのAlison Stattonは、1959年生まれということですから、この頃、二十歳になったばかり。お下げ髪姿にまだ少女っぽいあどけなさが残りますが、私がYoung Marble Giantsに感じる、孤独な部屋で物思いに耽る少女像というのは、彼女の佇まいや声質に負うところが大きいと思います。残る二人のメンバーはPhilip MoxhamとStuart Moxhamの兄弟で、男性二人に女性一人という青春の構図もYoung Marble Giantsの音楽性に見事にマッチしていると思います。



 さて、Young Marble Giantsは『Colossal Youth』という思春期の少女のスナップ写真のようなアルバムを1枚だけ残し、儚くそして潔く解散します。その後、PhilipとStuartのMoxham兄弟はThe Gistを、Alison StattonはWeekendというグループを結成し、音楽活動を続けます。



 聴いていただけばお分かりの通り、Young Marble Giantsに比べWeekendでは、当時の流行だったファンカラティーナ(ラテンっぽいファンク)やボサノヴァの要素を取り入れて一気に華やかなサウンドとなっています。一人の部屋に孤独に佇んでいた少女は、自分の殻を破って外の世界に一歩踏み出した、というわけです。陳腐な喩えですが、地方の高校生だった少女が、東京の大学に合格して一人暮らしを始めた、とった感じでしょうか?—その証拠にこの映像でのAlison Stattonは、髪型も服装も急に大人っぽく変身しています。
 Young Marble Giants同様、このWeekendも長続きせず、数枚のシングルと1枚のアルバムと1枚のミニライブアルバムを残して解散してしまいました。その後Alison Stattonはデュオやソロで音楽活動を続けていますが、最近ではまるで学生時代の同窓会を開くようにYoung Marble Giantsを再結成してライブなどを行っているようです。

 思春期の少年少女がその未熟さ故に持つ煌めき、その奥で蠢くように潜んでいる孤独の翳りのようなものが、Young Marble Giantsの音楽には感じられます。若い大理石の巨人というグループ名が示す通り、若き芸術家たちが心血を注いで彫ったこの偉大な彫刻作品は、今後も青春の傑作として永遠に語り継がれていくことでしょう。

『Colossal Youth』

2009/04/06

Quand est-ce que KUMISOLO donne le premier album SOLO?


 Au Revoir Simoneの前座をつとめたこともあるということで、偶然に行き当たってしまいました。The Konki Duetという日仏露の女性三人グループの一人だそうです。また女性三人ですね。名前はKumisolo、ソロのクミさんということでしょうか。まずはご挨拶の一曲。



 なかなか可愛らしいですが、特に髪型とLe Coqがいい感じです。曲の方も殆どデモテープのクオリティで、チープ・エレクトロに幼児みたいな声のへなへなヴォーカルがいいですね。歌詞も乙女ちっくで嫌いじゃないです。



 やっぱりねえ、そうだと思った。彼女のサイトは全部フランス語で書かれてるので、そうかなぁと思ったんだけど、やっぱりそうでした。彼女はフランス在住か、フランスの大学を出てるかしてる見たいですよ。モーマスねえ、なつかしい。相変わらずなんですなぁ。見た目は少し微妙になってきました。



 破壊的なカバーですねえ。特に男の子の方は、なんとも…。このチープさは、十代の若い頃に友達の演奏したテープを聴かされたような感じ、とでも云いましょうか。そういえばこの曲はカヒミもカバーしてたっけ。フランスってとこもカヒミを踏襲したんでしょうかねえ。見た目はかなり微妙になってきました。



 キテレツ大百科か…。嶺川貴子のナウシカに対抗してのことでしょうか。このずっこけそうな稚拙さとキテレツのカバーというギャグっぽいスタンスが、自己分析できていて非常によろしいと思います。カヒミ・カリイや嶺川貴子はインチキをおしゃれっぽく見せようとしてがんばっていましたが、インチキは最初から承知の上というスタンスが潔くて良いです。



 それなりのプロダクションがつけば、もちろんそれなりの内容になりますが、こういうものをいまさら再生産してもあまり面白くないんじゃないかなあ。みんなやってるし。



 それよりも、こういう小市民的女子の日常みたいな路線のほうが私にははるかに好感が持てますね。「はなうたまじり徒歩五分」「晩ご飯にはかぼちゃ」は重要なキーワードですよ。ソロのクミさんはまだソロ・アルバムを出していないみたいなので、ソロソロ是非この路線でまとめていただきたいですね。もしかしたら気まぐれに買ってしまうかもしれません。おっと、いけない、また生体解剖してしまった。ということで、à bientôt!

<2009年12月6日追記>

 クミソロさん、ファーストCDが出ましたね。おめでとうございます。この記事、当ブログ内ではすごく閲覧率が高くて、Google検索でも本家に続いて三番目に出ちゃってます。すいません。このアルバム、iTuneでも購入できますが、私の好きな「Kabocha」はCDにしか入っていないみたいなので、みなさん是非CDを買ってくださいね。

『My Love For You is A Cheap Pop Song』


2009/04/05

フランス・ギャルの修業時代(後編)


 昨日に続いて、早速今度はAtlanticとPathe時代の作品を見ていきましょう。まずはAtlantic時代ですが、ここではシングル盤を2枚出したのみです。最初のシングルから「C'est cela l'amour」と「L'ete」。





 面白いですねえ。LA COMPAGNIE時代の音源と比べて、明らかに70年代の音になっているというか、ソフト・ロック、AORなんていうのが頭に浮かぶような作品になっています。続いて「Caméléon, caméléon」と「Chasse-neige」のカップリング。





 以上の2枚のシングルでAtlantic時代は終わり、続いてはPathe時代に移ります。先ずは「Frankenstein」と「Les petits ballons」のカップリング。





 「Frankenstein」は聴いて頂ければわかる通り、セルジュ・ゲーンズブールの作品です。相変わらずのワンフレーズ仕立てですが、ノスタルジックでメランコリックな雰囲気と独得の言葉遊びはこの曲でも発揮されています。続いては「5 minutes d'amour」と「La quatrieme chose」のカップリング。





 「5 minutes d'amour」は以前も紹介しましたので、今回は珍しいイタリア語ヴァージョンを取上げてみました。B面の「La quatrieme chose」とあわせて、この時期のフランス・ギャルの言わば頂点の作品です。続いては「Par plaisir」と「Plus haut que moi」のカップリング。





 「Plus haut que moi」の映像を見ればお分かりの通り、もう完全に大人の女性です。この後、Patheでの最後のシングル「C'est curieux de vieillir/Le lache」をリリースしてこの長きに渡った修業時代は幕を閉じます。そして、フランス・ギャルはミシェル・ベルジェと出会い、女性としてもアーティストとしても大きく成長していくのでした。

☆France Gall Atlantic/Pathe Discography
C'est cela l'amour/L'ete ATLANTIC 10.023(1971)
Caméléon, caméléon/Chasse-neige ATLANTIC 10.097(1972)
Frankenstein/Les petits ballons PATHE 77.928(1972)
5 minutes d'amour/La quatrieme chose PATHE-EMI 2[C006-12348](1972)
Par plaisir/Plus haut que moi PATHE-EMI 2[C002-12480](1973)
C'est curieux de vieillir/Le lache PATHE-EMI C[C008-12739](1973)

2009/04/04

フランス・ギャルの修業時代(前編)


 フランス・ギャルの修業時代、すなわちアイドル時代からベルジェ時代に移行する間の空白の数年間のことですが、これはフランス・ギャルにとっても、人間的には少女から大人の女性へと成長する時期、音楽的には単なるアイドル歌手から本格的なアーティストへと成長する時期とちょうど重なっています。Philipsとの契約終了後、フランス・ギャルはまずLA COMPAGNIEというレーベルと契約し、そこでは1969と70年の2年間で7枚のシングルを発表します。その後、71年にはAtlantic、72年にはPathe(EMI)に移籍しますが、いずれも芳しい成果は得られませんでした。今聴いてみてもこの時期の楽曲のクオリティは、アイドル時代に比べれば明らかに低迷気味で、二十歳を超えてフランス・ギャル自身が自らの打ち出し方に苦慮している様子が窺えます。以前紹介した「5 minutes d'amour」なんていう素晴らしい曲もこの時期には存在するのですが、基本的には低迷期にあるので、この時代の楽曲の殆どが現在でも未CD化のままです。

 ということで今回は、フランス・ギャルの修業時代の前編、LA COMPAGNIEの作品を紹介したいと思います。先ずは最初の4曲入りEPから、「Homme Tout Petit」「L'Orage(La Pioggia)」「Les Gens Bien Élevés」「L'Hiver Est Mort 」をどうぞ。









 それなりにヴァラエティに富んだ4曲ですが、残念ながら全体的に楽曲のクオリティは低いと云わざるを得ません。「L'Orange」は以前「イタリア時代のフランス・ギャル」で紹介した、ジリオラ・チンクェッティで有名な「雨」のフランス語ヴァージョンです。
 続いて2枚目の4曲入りEPから「Les Années Folles」「Soleil Au Coeur」「La Manille Et La Révolution」「Les Quatre Élément」をどうぞ。









 「Les annees folles」はドイツ時代の作品に近い躁状態の一曲。また「Soleil au coeur」はアイドル時代末期の「Rue de l'apricot」の完璧な焼き直しと、第2弾EPも第1弾同様、楽曲のクオリティは然程よくありません。しかしです。この2曲の映像は、アイドルから大人への移行期の、見た目的にはもっとも魅力的なフランス・ギャルの姿を捉えていて貴重です。個人的には特に「Soleil au coeur」の真ん中分けにグッと来ます。すごく似合ってるし可愛らしくて美しいと思うのですが、彼女の真ん中分けの映像はこれしか見たことありません。
 LA COMPAGNIEでの4曲入りEPのリリースは以上の2枚だけ。以降は通常のAB面に1曲づつのシングルになります。先ずは「Baci Baci Baci/La Torpédo Bleu」のカップリング。





 これまたドイツ路線ですねえ。しかも「La torpedo bleue」の映像はどうしちゃったんでしょう。かなりイメージが崩れるのですが…。続いてはいよいよ大人気の「Zozoi」。カップリングは「Merry, Merry O!」。





 わたしゃ大して良い曲だとは思わないんですがねえ…。ブラジルの有名ななんとかさんがバッキングだそうです。「Merry, Merry O!」については、ちょっとアイドル時代に戻ったような優しい感じですが、やはり楽曲のクオリティが低いなぁ。続いては「Les Elephants」と「Shakespeare Et Pire Encore」のカップリング。





 最後は「L'amour Boiteux」と「Mon aéroplane」のカップリングで、このシングルでLA COMPAGNIE時代は終わりを告げます。





次回は、AtlanticおよびPathe時代の音源について紹介します。

☆France Gall LA COMPAGNIE Discography
Homme Tout Petit/L'Orage(La Pioggia)/Les Gens Bien Élevés/L'Hiver Est Mort LA COMPAGNIE EP 102(1969)
Les Années Folles/Soleil Au Coeur/La Manille Et La Révolution/Les Quatre Élément LA COMPAGNIE EP 104(1969)
Baci Baci Baci/La Torpédo Bleu LA COMPAGNIE S 012(1969)
Zozoi/Merry Merry O ! LA COMPAGNIE S 031(1970)
Les Elephants/Shakespeare Et Pire Encore LA COMPAGNIE S 035(1970)
L'amour Boiteux/Mon aéroplane LA COMPAGNIE S 132(1970)

この他にLa Compagnie featuring France Gallとして以下のシングル盤あり。
Donne-Moi ma Chance, Je Ne Boirai Plus (Give peace a chance)/Cet Homme Est Fou LA COMPAGNIE S 016(1969)