2009/05/31

速報*またも登場!ビヴァリー・ケニーの未発表音源集


 さすがにもう無いだろうと思って油断していたのですが、何とビヴァリーの3枚目の未発表音源集が発売されるそうです。タイトルは『WHAT IS THERE TO SAY? 』で、これまでとおなじSSJからのリリースです。取り急ぎメーカーインフォから引用。
★3枚目の未発表音源
BEVERLY KENNEY (ビヴァリー・ケニー) / WHAT IS THERE TO SAY? + 1
[SSJ / XQAM 1035]

死後半世紀近い今も根強い人気を誇る"ビヴァリー・ケニー"。 2006年発売の「二人でお茶を」(SSJ / XQAM 1003)と2007年の「ロンリー・アンド・ブルー」(SSJ / XQAM 1022)はビヴァリー・ファンや女性ヴォーカル・ファンを狂喜させたが、ここに3枚目の未発表音源集登場である。
今回は1958年のTVショウからの6曲と1954年ごろのタップダンス練習用の珍しい録音4曲、そしてボーナストラックとして現代の歌姫ダイアン・フブカが歌うビヴァリー作詞よる1曲の計11曲で構成されている。
著名なジャズ・フォトグラファーのチャック・スチュワートによる未発表写真(ジャケット写真も同じ)やビヴァリー最後の恋人による手記、またビヴァリーによるイラストなど貴重な資料満載のブックレットが添付される。
そんでもってトラックリストは以下の通り。

1.WHAT IS THERE TO SAY ?
2.I HATE ROCK AND ROLL
3.SURRENY WITH THE FRINGE OF TOP
4.MAKIN' WHOOPEE
5.THE MORE I SEE YOU
6.TAKING A CHANCE ON LOVE
7.SWING AND SWAY
8.CHARLESTON FLING
9.I'M READY FOR THE SHOW
10.TAPPIN' OUT A MERRY BOAT
11.I DON'T BELIEVE IN LOVE (*)

 発売日は2009年8月19日、紙ジャケットのHQCD仕様だそうです。最早その内容に関してどんなものでもかまいません。ビヴァリーの未発表音源のCDがでる、その事実だけでOKだと思います。

 ついでにもう一つ。同じくSSJから5月20日に発売された『シンギン、スウィンギン、ジャジン』というオムニバスCDにビヴァリーの曲が1曲収録されています。その曲が今度の3枚目の未発表曲集の4曲目に収録される「MAKIN' WHOOPEE」で、気の早い方はこれを聴いて来るべき8月19日に向けて気分を盛り上げておきましょう。

『シンギン、スウィンギン、ジャジン SSJ(紙ジャケット仕様)』

2009/05/24

クロディーヌ名曲辞典・その1—「男と女」


 クロディーヌが歌っている曲は殆どが他人のカバー、つまり彼女のためだけに書かれた曲ではありません。彼女はTVドラマの主題歌を歌ったことがきっかけで、当時の夫であったアンディ・ウィリアムスやハープ・アルバートがその独得の声の魅力に反応し、プロデュースにトミー・リプーマ、アレンジャーにニック・デカロという布陣を従えて、A&Mから正式に歌手としてデビューすることになりますが、取上げた曲は既製品ばかりで、この声の魅力さえあれば、既製品を上手く料理してかなり魅力的なものが出来ることを二人はよく理解していたのだと思います。
 さて、今回からシリーズで、そんなクロディーヌが取上げた曲を、オリジナルやら他の歌手のバージョンやらいろいろ取り混ぜて気まぐれ且つ適当に紹介していきたいと思います。



 ダバダバダ、ダバダバダ〜、先ずは云わずと知れた「男と女」です。一般的にフランスという国から思いつく音楽のイメージ、今やその多くをこの曲が担っているといっても過言ではないかも知れません。映画の方も、その映像、ストーリーとともに男と女のオシャレなメロドラマとして、世の中の人がフランスという国に持つイメージにピッタリの内容となっています。クロディーヌは彼女の記念すべきファースト・アルバム(67年4月発売、原題は『Clodine』)の冒頭でこの曲をカバーしていますが、先ずはフランス人であるクロディーヌの挨拶代わりにと、フランスの一般的なイメージを象徴するようなこの曲を冒頭の一曲に選んだのでしょうか?



 続いては同じ映画のシーンからピエール・バルーの歌う「Samba Saravah」。ピエール・バルーは主人公の女性の死んだ夫役でこの映画にも出演していますし、また「男と女」の作詞も担当しています。この映画、全体を通じてまるでイメージビデオかプロモーションビデオのような作りで、ダバダバもそうですが、このボサノヴァという音楽も、そのオシャレ演出には欠かせないアイテムになっています。



 さて、再び「男と女」ですが、この曲はかなりの有名曲なのでカバーの数も多いかと思い気や、それほどめぼしいものが見当たりません。取上げたのはMireille MathieuとSacha Distelのデュエット・バージョン。二人ともかなりねちっこい歌唱で、特にÉdith Piafの影響をもろに受けているMireille Mathieuのその歌い上げっぷりは、ちょっとこの曲のイメージじゃないですね。やっぱりオシャレフレンチ演出には囁きじゃないとね。



 で、もって最後はクロディーヌの「男と女」です。この映像、UPした人が作ったのだろうけど、映画の「男と女」の映像とクロディーヌの曲をうまい具合につなげております。歌の冒頭、アコーディオンのフェイド・インから始まりますが、またこのアコーディオンの音で幕を開けるというのもいかにもアメリカ的フレンチ・イメージの賜物で、パリといえばセーヌ川のほとりには絵描きかアコーディオン弾きが今でも似合うのでしょうかねえ。そのアコーディオンの音色に乗せて、クロディーヌがまず一言“entrez”。仏語で「お入りください」あるいは「どうぞ(こちらへ)」ってな感じでしょうか。もちろん愛を語る男女の台詞の一部ですが、これこそリスナーにとってはクロディーヌ世界へようこそと彼女が云ってくれているように聞えます。あとはもう完全にクロディーヌ・ワールドにどっぷりで、そのイントロダクションとして、この「男と女」はピッタリの曲ですね。

★楽曲メモ
タイトル:「男と女」
原題:A Man and a Woman (Un Homme et un Femme)
作詞:Pierre Barouh
作曲:Francis Lai
オリジナル:フランス映画「男と女」サウンドトラックより
クロディーヌの収録アルバム:『クロディーヌ』(A-1)

『クロディーヌ』

2009/05/20

マーゴのお友だち—ソフト・ロックの定番ガールもの


 マーゴやクロディーヌは一般的にはソフト・ロックの範疇に区分けされているので、この二人を愛聴する私としては、ソフト・ロックと呼ばれる音楽の中に同じように愛聴できる女性アーティストがいるのではないかと気も漫ろなわけですが、残念ながら話はそう簡単ではありません。今やソフト・ロックという定義も幅広く音楽ファンに定着して、それなりに人気もあるし、どこから見つけてくるのかレアな名盤も多いし、解説本の類いも多くなってきたのですが、やはり本当に自分の気に入るものはそう簡単には見つからないし、また簡単に見つからないからこそ、見つかった時の喜びが身にしみるのだと納得しております。とういうことで、今回は、所謂ソフト・ロックの定番的名盤として、マーゴと並んで必ず紹介される女性アーティストをご紹介します。



 先ずはFour King Cousins。このジャケですから人気もあります。よく見るとそれほどでもないんですが、昔で云えばキャンディーズ効果、今で云うならパフューム効果とでも云いましょうか、何となくいい感じに騙されてしまうんですね。曲の方は云わずと知れたThe Beach Boysの「God Only Knows」で、このBrian Wilsonの畢生の名曲を素敵な女性コーラスで聴くことができます。途中の部分で“う〜ぅわぁ〜”となるとこなんかはかなりいい感じですね。同じアルバムでロジャニコの「Love So Fine」やバカラックの「Walk on By」、ビートルズの「Good Day Sunshine」なんかもやってますので、女性コーラスのソフト・ロックの超定番といっていいでしょうねえ。



 次はDave Pell Singersです。これもこのジャケですから人気があります。コミカルな表題曲の「マナ・マナ」はCMなどでもかかっていたのでご存知の方も多いかと思いますが、この曲はどちらかと云えば異色で、全体的にはスイートでメロウな女性コーラスがフューチャーされた名盤です。それにしてもこういう60年代の音の質感、例えば1曲目の「Oh, Calcutta」を聴いてみても、この激しくも緩くもなく、体にピッタリとフィットするようなグルーブ感や雰囲気が本当に心地いいですね。もちろんそれぞれの時代の音って云うのはあるんでしょうが、私の感覚にはこの時代の音が一番しっくりきます。女性コーラスの歌声も耳をくすぐるようで、とても気持ちいいです。



 続いてはWendy & Bonnie。ジャケを見ると男女二人組かと思いますが、奥の子も女の子で二人は姉妹です。録音当時17歳と13歳だったというから驚きですが、音楽の方はというとソフト・ロックというよりは、ソフト・サイケといった感じで、朦朧としているような浮遊感がある、どことなく影のあるヴォーカルがクールな印象です。この曲は途中でファズ・ギターのソロなんかも聴けるし、別の曲ではブライアン・オーガーっぽいオルガンのフューチャーされた曲もあります。私はあまり関心ないですが、バック・ミュージシャンにはラリー・カールトンやジム・ケルトナーなど豪華メンバーが参加しているようです。



 次はThe Feminine Complex。女の子5人組で、彼女たちもこの時まだ十代だったそうです。音の方はWendy & Bonnieにちょっと雰囲気が似てますが、こちらの方が若干日差しを感じます。このグループもソフト・ロックというよりはソフト・サイケ、ソフト・ガレージといった感じで、ファズっぽいギターやR&Bっぽい曲もあります。それにしても女子高生5人組でこのクオリティですから、フェイク・バンドではないかと噂されたりもしたようですが、実際に彼女たちが演奏していたそうです。とても才能あったと思いますが、残念ながらこのアルバム一枚で解散してしまいました。



 続いてはMichele O'Malley。この曲、何処かで聴いたと思ったらSagittariusでした。ロジャニコと並んでソフト・ロックの名盤として先ず出てくるのが、Millennium、Sagittariusですが、この2つのグループを作ったのがコーラス・アレンジの天才こと、Curt Boettcherで、そのMillenniumの前身バンドであるBallroomに参加していたのがこのMichele O'Malleyです。なので当然Curt Boettcher系のファンは押さえなければいけないアーティストですね。この彼女の唯一のアルバムでは「Would You Like To Go」の他にも、Sagittariusの「Song to a Magic Frog」(作曲者の中には彼女の名前もあり)や「Musty Dusty」を再演しています。



 さて最後はBirgit Lystagerです。この何と読んでいいのかわからない名前も然り、聴いてもらえればわかりますが、この方、デンマークの方です。デンマークのソフト・ロックかあ。よく見つけてくるよね〜、ほんとご苦労様です。以下、レコード会社の売り文句です。

北欧産ボサノヴァ〜ソフトロックの最高峰!! デンマークの歌姫、ビアギッテ・ルゥストゥエアの唯一無二の美しくも可憐な歌声が、華麗でジャジーなアレンジで奏でられる極上のサウンドの数々が、豪華・国内盤として蘇ります!! 永遠の名盤と呼ぶに相応しい逸品、マストです!!(中略)本作の素晴らしさを語る上で決して外す事が出来ないのが、オリジナルのレコードでは各面のオープニングを飾る二曲。アントニオ・アドルフォの名曲「Sa Marina」のカヴァーM-1は、緩やかなギターのイントロからしてミラクルな儚い名演!! 「静」のハイライトが前者であれば、「動」のハイライトは、九人のあどけない子供達と、爽快なサビのコーラスを歌い上げる最高のハッピーチューンM-7。ブラジルの名曲「Tristeza」をデンマーク語でカヴァーしたこの曲は、ただ一言「ピース!」な、キラーチューン。ここまで幸せを運んでくれる曲って、滅多な事では出会う事が出来ません。これら二曲に加え、カーペンターズやバカラック等、当時のヒット曲の数々を洗練のボサノヴァアレンジで歌った楽曲の数々が満載された、ホントの意味で奇跡の名作です!!

うう〜ん、どうなんでしょうねえ。私的には声が太いのでその点が残念なのと、やはりデンマーク語の語感(こればっか)が駄目なんですねえ。この方、何と7枚組のCDBOXも出ているようでその辺りもマニア心をくすぐります。

『ビアギッテ・ルゥストゥエア』

2009/05/18

クロディーヌを探せ!—現代の乙女音楽事情


 80年代の中頃から次第にリアルタイムの音楽にあまり興味がなくなってきて、古いものばかり聴くようになったのですが、90年代に入って少し引き戻されたものの、やはり面白いと思うものがそれほどなくて、結局は今でも基本的には古いものしか聴きません。何が云いたいのかというと、90年代以降のリアルタイムの音楽で、多少はいいなと思うものが無きにしも非ずなんですが、やはり何かが足りないという不満が残って、どうしても購入には至らないということなのです。やはりクロディーヌは60年代に活躍したからこそ、あんなに素晴らしいンじゃないでしょうか。そこで今回は、私的にちょっと気になったけど、結果的には残念ながら落第点の90年代以降のウィスパーっぽいアーティストをご紹介します。



 先ずは元BELLE AND SEBASTIANのIsobel Campbell。BELLE AND SEBASTIANは90年代中頃から活動するグラズゴーのバンドですが、出たての頃は80'sのネオアコ周辺(Orange JuiceやFeltやSmithsなど)の影響を受けたネオアコ・フォロワーみたいな言い方をされていたので、ちょっと興味を持ちましたが、どうかなあ、という感じで真剣には聴きませんでした。というか当時はもう自分自身がネオアコを欲していなかった。Isobelはその後ソロになりますが、まあこのウィスパー声ですから、クロディーヌ好きの耳はちょっと反応してしまう訳です。曲調や歌い方なんか完全に意識してますよね。これ。



 次はそのBELLE AND SEBASTIANとも関係のあるCamera Obscura。この音の感じ、すごく懐かしいですねえ。Feltのラスト・アルバムとかThe Jesus and Mary Chainの『Darklands』とか思い出します。80年代以降のイギリスの正統派ギターバンドっぽい音です。歌声は全然ウィスパー・ヴォイスではないのですが、嫌いではないです。それにしてもIsobelにせよ、このヴォーカルの女性にせよ、年齢不詳というか若いのかおばさんなのかよくわかりません。見た目は音楽の善し悪しに関係ない筈なんですが、気にはなりますよね〜。ファンの方、ごめんなさい。



 続いてThe Bird and the Bee。このヴォーカルの女性、ローウェル・ジョージの娘さんだそうです。見た目がちょっと濃そうな感じ以外は、お父さんの影響はあまり感じられないですが。それにしても、この曲のリフレインは耳に残りますねえ〜。結局、この部分しか残ってないかも知れないですけどね。このリフレインの部分はウィスパーっぽいですが、他の曲でもファルセットを上手く使っています。男女二人組で、イメージとしては以前紹介したLes Rita Mitsoukoっぽいかも。



 次はThe Brunettes。このグループも男女二人組です。イントロ、ちょっとエキゾ入ってますねえ。こういうのは珍しいかも。この曲では女性ヴォーカルよりも男性の方のヴォーカルの方がフューチャーされてますが、この声の感じ、The Monochrome SetのBidとThe CarsのRic Ocasekを足して2で割ったみたいな感じですね。このグループはヴァラエティー豊かないろんなタイプの曲をやっていますが、うまいとは思っても何度も聴くかとなるとやはりちょっと疑問なんですねえ。



 続いてはThe Softies。2000年に活動停止しているので、リアルタイムじゃない所は合格点ですね。HeavenlyとかThe Sundaysとかの流れをくむ感じで、これも懐かしい感じだなあ。ギターだけの演奏はTracey Thornのソロアルバムとか80'sっぽい雰囲気もあります。私的にはとっても女の子チックで好きですねえ。メンバーのRose Melbergはソロでも活動していますが、基本的にはThe Softiesもソロもあまり変わりないようです。どちらかと云えばソロの方がもっと“女の子のお部屋”っぽい感じになってます。



 次はちょっと毛色が違いますがEspersです。何とも幻妖な雰囲気が濃厚で、ゴシック・フォークとでもいいましょうか、演奏自体は60年代のUSのマイナーサイケのような雰囲気もあります。ボーカルは妖精系というか魔女系というか、ハイトーンの非常に美しい声です。いずれにしても“鬱蒼とした森の奥”みたいなイメージですね。このグループのメンバーでボーカル担当のMeg Bairdもソロで活動していますが、そちらはイギリスのトラッド・フォーク系の作品で、内容的にはAnne Briggsのセカンドアルバムっぽい感じです。それは個人的には好みじゃないんですよね〜。



 続いてはJuana Molina。この方、アルゼンチン人だそうです。聴いていただけばわかりますが、アルゼンチンの音響系アーティストして結構人気があるみたい。アルゼンチンで音響系、このギャップがモンドなんでしょうかねえ。エレクトロの音塊は非常に気持ちいいですし、声の感じも悪くないですが、やはりどうしてもここで問題になるのは言語、つまりスペイン語の語感ですね。このサウンドでフランス語だったらどうでしょうかねえ。この人はもともとコメディアンだったそうで、経歴もユニークです。



 最後に本命のThe Postmarks。ウィスパーな声の感じ、メランコリックな曲調ともにかなりいい線を行ってますが、う〜ん、残念ながら何かが違う。そのウィスパーな声なんですが、クロディーヌと比べて見ると、ちょっと低めなんですねえ。もう少し高ければ完璧です。あとこういうのを聴いてて思うのは、どんなにソフト・ロックとか60年代のものに影響を受けて、そのオマージュみたいな作品を作っても、やはりあの時代の空気感までは再現できないってことなんですねえ。所詮、フェイクはフェイクか。残念。

 こうしてまた、諦めが悪い私のクロディーヌ探しの旅は続くのでした。

2009/05/13

昭和歌謡の歌姫たちーそのディープな表現世界


 私は60年代の末期の生まれですが、その前後の時代にあった日本の歌というのは、当時の世相を反映してか、今では考えられないような、暗くて重い、衝撃的な歌がたくさんありました。本日は趣向を変えて、その60年代から70年代初期に活躍していた日本人の女性歌手の歌を、その歌詞の世界を中心に紹介したいと思います。もちろん私もこれらの歌をリアルタイムでは聴いてはいませんが、今聴いてみるとこれらの歌が生まれた時代の空気が、少なからず自分の持っている感性に影を落としているような気がするのです。現代の幸福な乙女たちにはあまり縁のないものばかりですが、こんな時代もあったのだと再認識するのもたまにはいいんじゃない?



 まずは西田佐知子の「アカシヤの雨がやむとき」から。いきなり歌の冒頭から、“アカシアの雨に打たれて、このまま死んでしまいたい”です。続けて、“朝の光のその中で、冷たくなった私を見つけて、あの人は泪を流してくれるでしょうか”ということは、この歌の主人公の女の人は、男の人に捨てられてしまったのでしょうか?—男の人に捨てられるという表現が現代に通用するのかどうか、今の女性はそんなにやわではないし、男の人が女性の幸せの全てなんてこともないですね。



 続いて弘田三枝子の「人形の家」。“顔も見たくないほどあなたに嫌われるなんて”と、これまた失恋の歌です。“愛されて捨てられて忘れられた部屋の片隅”、うう〜ん、これまた捨てられてしまったんですねえ。ただ最後に、“私はあなたに命を預けた”と主張しているのでちょっと進歩しています。でも命を預けたということは、活かすも殺すもあなた次第、ということなんでしょうか。しかし、感情のこもった素晴らしい熱唱ですねえ。歌に心を込めるということはこういうことなんでしょうね。見た目も今っぽくて可愛いのでは?



 次は奥村チヨの「終着駅」。“落葉の舞い散る停車場は哀しいの吹きだまり”って、ううう、吹きだまっちゃうのか〜。これまた捨てられた女性がやって来るんでしょうか。“そして今日もひとり、明日もひとり、過去から逃げてくる”、一体逃げ出したい過去とはどんな過去なのでしょうか?しかも比喩とはいえ“真冬に裸足”ですよ。捨てられた上にそんないじめなくても…。”一度離したら二度とつかめない、愛という名の暖かいこころの鍵は”というのは身にしみる言葉ですねえ。この頃の奥村チヨも非常に今っぽくて可愛いです。



 続いてちあきなおみの「喝采」。これも素晴らしい歌ですねえ。今度は女の人が男の人を捨てる歌です。しかも、また衝撃的な内容!ーこの歌の主人公は恋人を捨てて歌手になったのですが、ある日届いた便りには“黒い縁取りがありました”。つまり捨てた恋人が死んでしまったのですね。愛を捨てて歌手になりその愛した恋人が死んでしまったというのに、いつものように幕が開いて私は恋の歌を歌っている…本当の恋を知らずに恋を歌うフランス・ギャルの「シャンソン人形」と近似値でしょうか。



 次は藤圭子の「圭子の夢は夜ひらく」。これまた、一体何をしちゃったの!?と云いたくなるような内容です。有名だと思いますが、“15、16、17と私の人生暗かった”と、そんな〜、その歳で一体何があったのさ〜という感じですね。“前を見るような柄じゃない、後ろ向くよな柄じゃない。よそ見してたら泣きを見た”って、脇見運転して事故ったのか?と思わずつっ込みたくなります。しかもその後”1から10まで馬鹿でした”とまた救いようのない…。夜の夢でもいいですが、夢がひらけることを心から願います。



 続いていしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」。今度は幸せな恋人たちの歌です。なあんだ、こういう歌もあるんじゃないと思ったんですが、でも“二人の世界いつまでも”と歌っているわりには、曲調はマイナー調なんですねえ。そう思うと、ブルーライトっていうのも何となく淫靡な感じがして、夜の闇とネオンとが、大人の男女の時間を象徴するかのようです。いしだあゆみの鼻にかけた声がまたその雰囲気をさらに強調しています。後年は大人の演技派女優になりますが、この頃はアイドルっぽい可愛らしさです。



 最後はちょっと毛色が違いますが山口百恵の「ひと夏の経験」です。山口百恵はこのとき15歳だったというのですから驚きですが、この歌詞の内容も15歳の少女が歌うにしてはかなり衝撃的です。女の子の初体験の隠喩になっているわけですが、現代の女の子たちは自分の初体験にここまでの重みと意味を感じるのでしょうか。逆に“あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ”と真剣にいわれたら、現代の男の子たちはどんな気持ちになるのでしょうか。きっと引いちゃうんだろうなあ。

2009/05/08

Twinkle, twinkle, little star…—英国版シャンソン人形




 さあ、今度はイギリス編。60年代のイギリスもガール・ポップに事欠かないですが、アメリカではガール・グループが主流なのにイギリスはソロ・シンガーが主流なのは面白いですね。イギリスのガール・ポップを知りたければ、昔なら『Here comes the girls』のシリーズ、最近は『Dream Babes』のシリーズでしょうか。いずれもVol.10くらいまで出ていて、さしずめイギリスのガール・ポップの百科全書といった感があります。まあ、それだけ多くのガール・ポップのアーティストが60年代のイギリスにはいたということですね。
 そんなイギリス勢の中で、フランス・ギャル関連で忘れてはならないのが、このTwinkleです。というのは彼女、当時英語で「夢見るシャンソン人形」をカバーしているのです。それは後ほど紹介しますが、先ずは彼女の自作曲だと云うヒット曲の「Terry」から。ガール・ポップというより、ティーン・ポップと云いたくなるような甘く優しい曲で、今聴くとオールディーズの範疇を出ないですが、彼女は歌い方も声もとてもあどけなくて子供っぽく、見た目もロングの金髪ですごく可愛いです。(実は当時のイギリス・アイドルもフランスと同じで皆さんあまり可愛くありません。)因みにこの「Terry」の歌詞は、先日紹介したThe Shangri-Lasの「Leader of the pack」と同じテーマ、つまり彼氏がオートバイの事故で死んでしまうというものです。好きなものは似るんですかねえ。



 続いては「Golden Lights」。この曲、何処かで聴いたことありますね。そうです、シャンタル・ゴヤがカバーしているのです。殆どアレンジはまんまで、シャンタル・ゴヤの仏語の歌詞では、「Golden Lights」は「Dans la nuit」(“夜に”という意)となっています。軍配を上げるならもちろんシャンタル・ゴヤ(私、やはりフランス人にはめっぽう弱い)ですが、オリジナルのTwinkleヴァージョンもなかなか可愛らしいです。この曲は、80'sに青春を過ごした方ならThe Smithsのカバーが思い出されることでしょう。



 続いて「End of the World」。この曲もカバーが多いですが、これはなかでも個人的には一、二を争う出来です。(もちろん1位はクロディーヌのヴァージョンですが。)こういう曲をこの素っ気なさとあどけなさで歌われると堪りませんね。ブリティッシュ・イングリッシュのRの発音がいちいちキュート。まあ、こういうのが私のツボなんですね。皆さんにはどうでもいいことですが…。



 という訳で最後は「夢見るシャンソン人形」の英語版カバーです。英語題は「Lonely Singing Doll」、悲しき歌う人形ということですか。“Poupée de cire, poupée de son”の部分は、“I'm just a lonely singing doll”と歌っていますので、タイトルからしてもpoupee de sonを音の人形=歌う人形と解釈した感じですね。まあその辺の考証をし出すと切りがないのでやめますが、フランス・ギャルのオリジナルと比べると、出だしのメロディが微妙に違いますが、アレンジなどは概ねフランス・ギャル・ヴァージョンを控えめに踏襲しています。当時この曲をTwinkleがカバーした経緯はよくわからないですが、大ヒット曲のカバーでしかもフランス・ギャルですから、負け戦を覚悟の上にしてはよく出来ていると思います。

 それにしてもこの時代の乙女たちの音楽には、ピュアさというか、素直さというか、素人くささというか、そういうものがあって、過剰にビブラート効かして歌い上げるだけが歌の上手さだと思っている昨今の音楽からすれば、まるで野に咲く花の如く、なんと可憐な存在なのでしょうねえ。

『Golden Lights』

2009/05/03

メアリーに首ったけ—The Shangri-Las




 60年代は、ガール・ポップやアイドルの全盛期で好きなアーティストも多いですが、ガール・グループの中でもダントツに好きなのはThe Shangri-Lasです。このグループ、一般の元気で明るいガール・グループのイメージとは違い、ちょっと影があるというか不良っぽいというか、まあ、一番の魅力はメイン・ボーカルのメアリーの可愛らしさなんですけどねえ。見た目もすごく今っぽいし、歌ってる時のしかめっ面とアヒル口が堪りませんねえ。もちろん歌い方や声も大好きですよ。
 この曲は「Leader of the pack」、当時の邦題は「黒いブーツでぶっとばせ」です。「Leader of the pack」は直訳すれば、「族のリーダー」ってことになりますかねえ。暴走族、ではないんだろうけど、バイク乗りの若者グループのリーダーが彼なんですが、これはその彼が事故って死んでしまうという歌なのです。そう考えれば邦題の「黒いブーツでぶっとばせ」は些か不謹慎、映像でもメアリーの悲しげな表情が印象的で、さらにぐっときます。



 続いてはIsley Brothersの「Shout」のカバー。これまたいいですねえ。「Shout」といえばLuluですが、それと比べてみても色褪せていないといか、全然古くさくないです。60年代のガール・ポップの人たちは、当時はバリバリのパーマヘアだったせいか、見た目がすごくおばさんぽいのですが、メアリーはストレートのロングですからそんな心配もありません。声質もみゃーみゃーと猫声のわりにべたべたしていなくて、すごく心地いいというか、かなりツボにはまります。
 The Shangri-Lasのデビューは1964年、もともはメアリーとその姉のベティ、双子の姉妹のメリーアンとマージの4人組でした。ところがベティがステージ恐怖症で人前に立つのを嫌がり、その後は3人で活動するようになります。初期の写真は4人で写っているもののありますが、その後は3人の写真ばかりなので、世間的にはThe Shangri-Las=3人組のガールグループというイメージが強くなっています。続いてはその貴重な4人メンバーでの映像。



 この曲「Right now & not later」は、デビューから1年後の65年のシングル曲ですが、この映像にベティが参加しているのは何故でしょう。そういえば同じく65年に出た彼女たちのセカンド・アルバムのジャケットでは4人の写真が載っていますから、一時的に復活していたのかもしれませんね。ベティには悪いですが、メリーアンとマージが同じ顔の双子なので、その真ん中にメアリーがいる3人組の方が私的にはしっくり来るような気がします。



 これはなかなか大胆な映像。メアリーより双子の方がフィーチャーされてます。メインボーカルが可愛いのでなかなか触れられることのない二人ですが、結構スタイリッシュでカッコいいです。この「out in the street」も65年の曲ですが、曲調が微妙にサイケ、ソフト・ロックっぽくなってきました。歌詞の内容もそれまでの「恋する乙女」的な能天気なものから、思春期の少女の心の中の光と影をシリアスに描いていたりと、The Shangri-LasはR&Bやビートルズなどのビートグループの単なる女の子版だったガールポップを、一歩先に進めた功績があると思います。この曲などは、ソフトロックの名盤といわれるWendy & Bonnieの『Genesis』あたりを思い出させます。



 最後は再び4人での映像。The Shangri-Lasのもう一つの代表曲で、ファースト・アルバムでは「Leader of the pack」を押さえてA面Topに収録されています。結局The Shangri-Lasは、2枚のオリジナル・アルバムと十数枚のシングルを残して、1968年には活動を停止してしまいました。しかし解散後も彼女たちの人気は衰えることなく、これまでに何種類ものベスト盤がリリースされ続けています。ところで彼女たちのグループ名である「Shangri Las』とは、『失われた地平線』(1933年)や、『チップス先生さようなら』(1934年)で有名な作家ジェームス・ヒルトンの、その『失われた地平線』に登場する「理想郷」の名前です。

『Leader of the pack』

2009/05/01

僕のことを覚えておいて、でも僕の人生は忘れて。




 私がこれまでに出会った音楽家のなかで、もっとも強烈な印象を残した男、それがクラウス・ノミです。先ず見た目、かなりぶっ飛んでいます。この剃り込みの入れ方は何でしょう。それにこの衣装、近未来的なイメージでこれまた奇抜です。そして顔にはまるでピエロのような化粧を施しています。確かに彼はある意味で哀しい道化師であったのかも知れません。或いはその哀しみ故に自ら道化師を演じなければいけなかったのかもしれません。
 クラウス・ノミは最近ではドキュメンタリー映画が公開されるなどして再評価の兆しがありますが、80年代以降、一部の熱狂的なファンをのぞいて彼は完全に忘れられた存在でした。そんな中でも彼が辛うじて人々の間で記憶に残っていた理由は、この奇抜な容姿と、彼がエイズで死んだ最初のミュージシャンだったというエピソードでした。81年と82年にアルバムを1枚づつ残し、翌83年にはエイズによって39歳の若さで亡くなっていますが、そのエピソードも然ることながら、この容姿と、そして何より、クラシックのオペラとロックを融合させたその音楽の特異性によって、我々の記憶の中にさらに強力な印象を残しているのです。何かにつけ、彼の表現方法は極端でした。



 私がクラウス・ノミを最初に聴いたのがこの曲、ヘンリー・パーセルの「Cold Song」でした。この曲は例のスネークマン・ショーのアルバムに収録されていて、また、当時のフランス映画『愛の記念に』の主題歌にもなっていました。スネークマン・ショーは桑原茂一の選曲センスが良くて、ホルガー・シューカイの「ペルシアン・ラブ」なんかも収録されており、結構ギャグと音楽の流れが好きだったし、一方、モーリス・ピエラ監督の『愛の記念に』は、思春期の女の子の肉親に対する愛憎を迫真の演技で描いた映画で、当時16歳くらいのサンドリーヌ・ボネールの見事な脱ぎっぷりに釘付けでした。映画のオープニング、海の上で疾走するヨットの先端に立つサンドリーヌを映し続けるだけのシーンで、ノミの「Cold Song」が流れます。



 ノミの音楽は非常にシリアスなものもあれば、非常にコミカルなものもあります。そこがどうしてもサーカスのピエロ的な悲喜劇的な姿を彼に重ねさせるのです。彼の音楽的ルーツは、マリア・カラスとエルヴィス・プレスリーで、その二人が出会った先にノミの音楽が形成された時点で、その運命は決まっていたのかもしれません。



 彼が生前最後に発表した作品は「Death」(死)という曲で、この曲の歌詞では、「僕のことを覚えておいて、でも僕の人生は忘れて。」と歌っています。それはあまりにも美しく悲しい彼の遺言です。ですので心優しく純情可憐な乙女の皆さんは、是非とも彼のことを覚えておいてあげてください。それが彼にとっての幸福なのですから。

『Klaus Nomi』